なぜ「百姓」は使えないのか?

 毎日新聞火曜日の夕刊コラム「牧太郎の大きな声では言えないが」。12日は「カジノの話」を書いたのだが……校閲の指摘で、一部、表現を「置き換えること」になった。
 問題の箇所は……
 「学問と武術をみがけ!」の第1条の次に「バクチはするな!」としたのは、当時、百姓、町人、その上に立つ「さむらい」から諸大名まで、そろってバクチ狂い。大事な武具まで賭けて、素っ裸になる武将もいた。家康はそれが許せなかった。
 この文脈で、校閲は「百姓」という表現は差別用語になる可能性がある。注意しなければならない用語。「農民」に置き換えるベキだ、と言うのだ。「百姓」は「農民」と書き換えられた。
 慶長20年(1615)7月7日(7日後の13日に「元和」に改元)家康は京都伏見城に諸大名を集め、武家諸法度13カ条(元和令)を発布した。その時のことを書いた。
 当時、人々は農業従事者を「百姓」と呼んだ。「倅は百姓だ」と言った。「倅は農民だ」とは言わなかった。
 「百姓」は歴史的に存在した。
 「当時、農民、町人、その上に立つ『さむらい』」という文章になると、ニュアンスが微妙に変わる。
 少なくとも 「百姓=農民」ではない。士農工商と言われても、当時の農業従事者の実態は「貧乏百姓」だった。「農民」なんて、カッコ良い言葉は実態にそぐわない。
 その貧しい彼らさえ、博打をしていた……ということを書いたのだ。
 「百姓」という言葉は差別で「町人」は差別でない、と言う判断で、紙面は「農民、町人、その上に立つ」となった。
 「百姓」に対するのが「町人」である。「農民」なら「市民」だろう。
 なぜ、歴史上、ごく普通に使われた「百姓」という言葉を使ってはいけないのか?
 大いなる疑問である。
 「校閲」の担当者には日頃、助けられている。誤ちを訂正して貰っている。何度も救われている。
 文句を言えた義理ではない。が「農民、町人、さむらい」という表現には、どうしても違和感が残るのだ。
 これは小さな「言葉狩り」ではないのか?
 もし「差別」があったとしたら、その「差別」の実態を語り継ぐのが大事であって「差別」という理由で、言葉を抹殺するのは間違っている!
 ほとんどの人から「どうでも良いだろう」と言われそうだが、書いておきたい。また、嫌われそうだが(笑)

<何だか分からない今日の名文句>
言葉狩りは日本の「難病」である