「とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが泣いている」の1968年は?
(2月1日のブログはお休み。次回は4日)

  小説「桃尻娘」の作家・橋本治さんが29日午後3時9分、肺炎で亡くなった。70歳だった。
 
橋下さんは「言葉の魔術師」だった。東大在学中の1968年、駒場祭のポスター「とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが泣いている」を作って、話題になった。
今から50年前。僕は毎日新聞の新潟支局で、駆け出しの事件記者だった。
 
 「とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが泣いている」のコピーに感動した。「世の中には、稀代の名文家がいるんだ!」と驚いた。
 
この文句は、多くの人の青春と重なっていた。
 
  学生運動が激しい年だった。
 
  記憶しているだけで……
 
  成田空港阻止三里塚闘争。日本大学の20億円使途不明金発覚。その後、日大紛争が起こった。(学生運動の標的になった古田重二良理事長は僕の実家「柳橋・深川亭」の常連で、小さい時から「日大へ来い!」と言われていたので、この頃のことは鮮明に覚えている
 
  日大一中一高に入学したが、新聞記者になりたくて、早稲田に進んだけど、日大には今でも親しみを持っている)
 
  国際反戦デーでは新宿駅を学生が占拠。騒乱罪が適用された。
 
  右翼も黙っていない。 「国際勝共連合」発足。会長に統一教会の初代会長・久保木修己、名誉会長は笹川良一だったと思う。
 
  大事件は学生運動だけではない。多分、札幌医科大学で日本初の心臓移植が行われたのも、この年だろう。 大塚食品工業が世界初の一般向け市販レトルトパウチ食品「ボンカレー」を発売したのも大事件だった。
 
  中国では文化大革命。「人民日報」が「知識青年は農民から再教育を受けなければならない」とする毛沢東の指示を報道した。所謂「上山下郷運動」である。
 
  日本は、世界は「大騒ぎ」なのに、新潟では殺人事件さえ起きない。早く、東京本社に行きたい!と思っていた。
 
  あれから50年。世の中、変わっているようで、変わっていない。
 
  日大のアメフト事件、中国の「第二の毛沢東」出現、ネット右翼の暴走……
ただ、あの時と違うのは「義侠心」のようなものが見えない。
 
  周囲に止められたら、黙ってしまう。これが今の日本だ!

<何だか分からない今日の名文句>
1968年の流行歌
1位 千昌夫の「星影のワルツ」
2位「帰って来たヨッパライ」
3位 ピンキーとキラーズ「恋の季節」
「小樽のひとよ」
5位 伊東ゆかり:「恋のしずく」