コラム「『鬼畜米英』を思い出した」を読んでくれ!

 今朝(9月7日)毎日新聞朝刊・4ページに「毎日新聞1945年・記者たちの終戦」(伊藤絵理子記者)。 よく書いてある。取材が行き届いている。

 「玉音放送に続き、社内放送で、高田元三郎編集総長が呼びかけた。『我々の道は、ただ一つ、国体護持、皇国の再建、これに一億を結集し、この目的をのために新聞人としててい身する、ただこれあるのみである』。自らの責任を問うことない新聞……」とある。

 実は、この時、社内は言葉で表すことが出来ないほど「混乱」していたのだろう。

 編集総長がいとも簡単に「国体護持」という言葉を使う。何が起こっているのか?よく分からない。
 
 新聞の「戦争責任」に心が至らない。
 
 いや、よく分かっているから、真実を話せなかったのかも知れない。
 
 今でも「新聞は軍部の圧力で戦争に反対出来なかった!」という向きもあるが、それは真っ赤な嘘だ。
 
 新聞は販売部数を増やすため戦争を煽っていた。戦争責任は当時の政治家と同じくらい「責任」を共有していた。
 
 今日の毎日新聞夕刊コラム「牧太郎の大きな声では言えないが」を読んでくれ。
 
 題して「『鬼畜米英』を思い出した」。
 
 戦時中、新聞、ラジオはアメリカ、イギリスを「鬼畜」と呼んだ。朝起きたら、鬼畜米英を撃て!である。
 
 戦後70年の今、某夕刊紙がまるで中国、韓国を「鬼畜」のように報道する。危険だ。
 
 部数のためなら、何でも煽るメディアに「戦前、戦中の昔」を感じてならないのだ。
 
 是非是非「『鬼畜米英』を思い出した」と読んでくれ。
 
 今週は安保法案の正念場。
 
 冷静に、そして、熱く、戦争反対!を貫こう!
 
 
<何だか分からない今日の名文句>
「あしあと」(跡)を観よ!