後藤忠政組長は坊主になったり、日本航空の100万株買い占めたり、カンボジアに……

六代目山口組の元直参組長で、後藤組長・後藤忠政さんが亡くなったらしい。83歳。

 若い時、「4課」担当だったが、こんなにユニークなヤクザさんは見たことがなかった。

 組織のために行動する「武闘派」ではあるが、何度も、親分より「注目」される子分(笑)。

 平成4年、民事介入暴力を描いた伊丹十三監督の映画「ミンボーの女」に反発し、伊丹監督を襲撃した。

 フロント企業などを使って資金を集め、11年には日本航空の株式約100万株が「後藤自身の名義」になっていた。

 肝臓移植のため渡米。手術したカリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)付属病院に10万ドル(当時のレートで約1200万円)を寄付した。

 そう言えば、演歌歌手が彼の誕生日を祝うゴルフコンペに出席したことを毎日新聞がスクープ。その年のNHK紅白歌合戦への出場辞退に追い込まれた。この時、その歌手から相談されたことを思い出した。

 「紅白より後藤親分」だった。

 後藤さんは、イロイロあって、六代目山口組から除籍処分となり、組織も解散したが、それからが面白い。

 天台宗系の寺院で得度。私費を投じて袴田事件をテーマにした映画を制作する。

 自らの半生を描いた自著『憚りながら』(宝島社)を上梓し、ベストセラーとなった。

 その後、後藤さんはカンボジアに移住し、養鶏場経営などの事業や学校建設などのボランティア活動に従事。カンボジア国籍も取得し、「伯爵」に相当する称号を与えられる。

 ともかく、波乱万丈。書き切れない。

 素晴らしい人生! 合掌。

 <何だか分からない今日の名文句>

 殺されなかった

 “伝説のヤクザ”