「戦火の馬」は大戦で何頭死んだんだ?

 最近、映画の予告編をYouTubeで見るようになった。
 今日3月2日、全国ロードショーの『戦火の馬』(War Horse)の予告編は、記憶に残る「美しい予告編」だった。4回も見てしまった。
 原作は、1982年に出版されたマイケル・モーパーゴの児童小説。イギリスに生まれ、第一次世界大戦で軍馬としてフランスに送られた馬と、彼を取り巻く人たちの物語。
 映画は……第1次大戦下、農家の少年アルバートは毎日を共にしていた農耕馬のジョーイを軍馬として騎馬隊に売られてしまうところから、始まるらしい。(試写会に誘われたが、忙しくて、行けなかった)
 軍馬は戦場で死ぬのが運命。作者・モーパーゴは第一次大戦で、イギリス側だけで100万頭の馬が死んだ、と説明する。
 全軍合計で1000万頭の馬が死んだ。イギリスから海外へ送られた100万頭の馬のうち、帰ってきたのはわずか6万2000頭。残りの馬たちは戦死したか、フランスで食肉処理された。
 生きることが、生き残ることが「奇跡」だったのだろう。
 走り、生き延びる。それが運命でもある。
 今週発売のサンデー毎日の「牧太郎の青い空白い雲」では、大震災の時、生き残った「奇跡の馬」ハピネスラブの話を書いた。
 南相馬市の海岸から一キロ離れた牧場で、余生を送っていた障害飛越のハピネスラブは、厩舎ごと大津波に飲まれ、 行方不明。冷たい波に揉まれ溺れ死んだのか?
 ところが、2日後、小高い丘の上で、放心状態で立ちすくんでいるのが発見された。
 泳ぎ着き、山手に逃げたのか?
 顔も体も傷だらけ。前脚は腫れ上がり、海水を飲んだのだろう、寒さも手伝って肺炎になっていた。
 26歳の、人間で言えば、80歳の高齢馬は踏ん張った。奇跡だろう。
 大震災では、何頭も、何頭も「奇跡の馬」になった。
 農耕馬、競走馬、乗馬……彼らは「平和と安全」のシンボルなのだろう。
 馬が戦火に向かえば、一緒に戦場に向かう男たちは殺される。
 津波で馬たちが死ぬようなことになれば、人間はもっともっと死ぬ。
 戦争になれば、競馬場は閉鎖される。競馬場は平和のシンボルだ。馬を愛することは、平和を愛することだ。
 予告編の真っ赤な夕日が忘れられないので……近々、見に行くか。

<何だか分からない今日の名文句>
前を向いて、走り続けるんだ!(予告編の言葉)