「ここだけの話」

傑作バックナンバー

毎日新聞連載

キレタマに変えます!

 コラム「ここだけの話」を書き出して、どのくらいたったのだろう。スクラップ帳を開いてみた。

 第1回は1998年1月7日の「友人から届いた遺書」。そうそう、東京・浅草で料理店を営む友人が「自ら死を選ぶ結果になりました」 と遺書を送ってきた話だった。

 このころ、資産デフレが深刻で自殺者が激増していた。「ここだけの話だが、僕のボーナスは額面147万7000円。この数字を明ら かにするから、中小企業が貸し渋りで苦悩している時、金融機関はどのくらいボーナスを社員に支給したか、公表してもらいたい」と書い た。

 それから7年。連載400回弱。「こんなことまで書くなんて」と同僚から不評を買った僕のボーナスは確実に減り続けた。「もらい過 ぎ」と言われた銀行員の給与も世間並みに落ち着いたらしい。7年たつと、時代は変わる。

 銀行員の友人が「いま給料が一番高いのはテレビ局とIT企業だ」と言う。調べてみると民放各社が上位を占めている。“公共の電波” を半ば独占するテレビ局の社員が高給取りになった。毎日新聞社はともかく新聞記者の実入りも結構高い。

 IT長者、と言うよりも「M&A業者」のホリエモンがフジテレビを乗っ取ろうとする超情報化時代だ。(ラジオは構造不況産業。「ニ ッポン放送を変える」なんてうそっぱち。標的はフジテレビ。それにしても、ニッポン放送の給与もなぜか高い)

 情報を持つ者が勝つ。勝ち組と負け組がハッキリした。権力と非権力がハッキリした。そして……経済的に勝ち組に属するマスコミ人が 御身大事に? 報道を自己規制している。

 「ここだけの話だが……」なんて悠長な言い回しで、モノを書いてはいけない、と思った。今でも「よくまあ、率直に書きますねェ」と “権力”から皮肉っぽく言われる僕だが、もっとズバッと本音を書かねば……。

 次回から、このコラムの名前を「牧太郎のキレの良いのが珠(たま)にキズ」に変えることにした。湯気が出る、ポッカポカの世相を切 れ味よく書きたい。今まで以上に“権力”とにらみ合うことになるが「珠にキズ」と笑ってくれ。

 愛称キレタマ、よろしく。

(毎日新聞東京版3月22日夕刊掲載)


地下鉄サリンから10年

 フィナンシャル・タイムズ紙のデビット東京特派員が「あの日」のことで取材に来られた。ここだけの話だが、朝日VSNHK、ホリエ モン、堤前会長……と興味が拡散して、すっかり「あの日」のことを忘れてしまっていた。内なる風化である。

 あの日……95年3月20日午前8時すぎ、東京の5本の地下鉄に猛毒のサリンが撒(ま)かれ、通勤客、駅員など11人が死亡、 5512人が重軽傷を負った。地下鉄サリン事件。それから、10年である。

 来日3年目のデビット記者は「オウム真理教は何だったのか? その後の10年は何だったのか」と聞く。彼は、作家・大江健三郎さん らにも同じような質問をぶつけたらしい。

 この10年……どう評価すれば良いのか、言葉に詰まった。マスコミとして初めて「オウム真理教の狂気」を追及した我々は、この事件 に「知的基礎体力の欠如」を痛感した。普通の社会性を持ち合わせれば、オウムの“まやかし”にすぐ気づく。しかし、高学歴の若者が次 々に騙(だま)された。家庭で、学校で、職場で孤立した若者が知的基礎体力を失い、無差別テロに加担した……あの時、僕は、そう総括 した。

 もちろん、当局にも油断があった。強制捜査の情報が事前に漏れ、オウムは捜査かく乱を狙って、サリンをばら撒いた。もし、情報が漏 れなければ……。

 それから10年。この国はどう変わったのか……僕には、この国の指導層が「知的基礎体力の欠如」と「油断」に陥っている、としか思 えない。

 「超能力」という言葉を使って教祖が人々を騙したのと同じ……とは言わないが、改革、民営化、自由な競争という“きれいな言葉”を 駆使して、勝ち組・負け組を作る。

 民主主義は「自由と平等」の哲学ではない。自由と平等の価値観は相反する。民主主義は「自由と平等のバランス」の哲学なのだ。その バランスが崩れたら……。

 アメリカで、ごく普通に行われる敵対的M&Aが起こると「これはテロだ」と言ったりする指導層。テロではない。「自由」に傾斜し過 ぎれば、当然、起こる外資の企て。「10年たって、日本は油断した国になった」と、僕は答えてしまった。

(毎日新聞東京版3月15日夕刊掲載)


ホリエモン・バブル

 おしゃれ誌「GQ JAPAN」の表紙にホリエモンが登場した。

 ホリエモンはニッポン放送株を既に42%?も買い占めたライブドア・堀江貴文社長の愛称。昨年9月のデビュー以来4戦4敗、いずれ も10着以下という彼の愛馬の名前だったが、いつの間にか、ご主人様のニックネームになった。

 表紙のホリエモンは……いつものTシャツではなかった。「ネクタイを締めないなんて礼儀知らず」と言われても、Tシャツは“老害” と立ち向かう彼のトレードマークだったハズだが、意外にも三つぞろい。Tシャツ姿をヘアデザイナーが改造して、頭をすっきり軽くして 顔を長く見えるようにしている。

 編集長さんに「企画の狙い」を聞こうとしたが、あいにく長期出張で連絡が取れず、その辺の事情は分からないが、写真が撮影されたの は昨年末らしい。

 さて、盛装のお値段は……スーツ42万円、シャツ1万8900円、ネクタイ1万8900円、靴10万3950円……。月給取りの僕 から見れば“王様の衣装”である。

 もちろん、彼にとって断じて高額ではない。いつものTシャツが1枚数万円、十数万円……なのだ。

 ホリエモン現象が日本人の金銭感覚を微妙に変えようとしている。Tシャツの若造(失礼)が一晩に800億円もの大金で株を買い占め る。カネがあれば、何でも出来る。(金権体質の政治家が批判するのはお門違いだが)ともかく、カネがかっ歩する。気分はバブルの再来?

 何億、何十億、何百億……という「数字」に人々は次第にマヒする。なけなしの財産が低金利で、実質的に目減りしている。人々は「若 造のカネ」をどう見ているのだろうか。

 4月からペイオフ全面解禁。「危うい金融商品」が大挙して登場する。ここだけの話だが、振り込め詐欺も顔負けのインチキ商品もある。 国民生活センターに寄せられた金融商品のトラブルは昨年1年間で12万件強。ホリエモンが「投資の妙」を教えるハイリスク・ハイリタ ーンの日本は、投資家保護が法的にないがしろにされている日本でもあるのだ。

 餌食になってはいけない。

(毎日新聞東京版3月8日夕刊掲載)


コリア系日本人に

 戦前、在日韓国・朝鮮人は日本国民だった。日本帝国が大韓帝国を併合した1910年以来、すべての朝鮮人は日本国籍を持たされてい た。

 戦後、サンフランシスコ平和条約が発効した52年4月28日、日本政府は法令で在日朝鮮人から日本国籍をはく奪した。個人の国籍選 択を認めなかった。「国籍はく奪には違憲の疑いがある」という指摘もあったが、当時「在日」は反日感情が強く「日本国籍は自らのアイ デンティティーを否定する」と考えたのだろう。国籍はく奪に抵抗は少なかった。

 そして、日本に住み、日本語を話し、税金を払う在日コリアンは現在47万人。“主権者の地位”を奪われたまま、戦後60年を迎えた。

 2001年1月、自民、公明、保守の与党プロジェクトチームは「基本的人権の原則と照らし合わせて適切でない」という立場で、旧植 民地出身者と子孫の特別永住者が日本国籍を取る要件を緩和する「国籍取得特例法案」を作った。

 法案には(1)日本国籍を届け出によって取得できる(2)従前の氏名をそのまま使うことができる……と明記された。「帰化」ではな い。日本の帰化手続きは「日本人らしい氏名」を求めているが、法案では「ルーツとしての氏名」をそのまま名乗り、コリア系日本人にな ることが可能だ。多民族多文化時代である。

 ところが、法案はいつになっても上程されない。公明党はこれとは別に「永住外国人への地方選挙権付与法案」を提案したが継続審議。

 日本人になろうとする「国籍取得特別法案」と、外国人として権利を主張する「地方選挙権付与法案」は立場が微妙に違う。ここだけの 話だが、参政権付与は“票田”にからむから微妙だ。

 2月10日、衆院第2議員会館で開かれた「特別永住者等の国籍取得特例法をめざす集会」は「今国会で成立」を訴える決議をした。

 「冬のソナタ」の韓流ブームを、朝鮮日報は「17世紀の熱烈な朝鮮ブームを作った朝鮮通信使以来の出来事」と書いた。朝鮮出兵の戦 後処理が行われ、江戸時代の260年間に12回来日した朝鮮通信使のことだ。日韓にまたとない友好の機運。国会はどう動くのだろうか。

(毎日新聞東京版3月1日夕刊掲載)


すてきなチャレンジ

 スポーツ紙の競馬欄に「東大卒調教師ウマれた!」という見出しが躍った。「ウマれた」はスポーツ紙の得意な駄ジャレ。東大文学部日 本史学科卒の小笠倫弘(おがさみちひろ)さん(33)がJRA調教師試験に合格したのだ。

 おめでとう。調教師を目指すのは、競馬サークルの家族が多いから、血縁のない小笠さんのチャレンジは確かに珍しい。「赤門卒は史上 初」と書いてある。しかし、である。へそ曲がり? の僕は「今時、東大卒がニュースになるの?」と思った。東大卒は特別の存在ではな い。ここだけの話だが、サラリーマンの世界でも、仕事のできる東大卒もいれば、箸(はし)にも棒にもかからない東大卒もいる。官僚の 世界でさえ、東大卒だけで生き残れるほど甘くはない。マスコミが“異色の東大卒”と特別扱いするのは、いささか時代遅れではないだろ うか。

 小笠さんだって、何かにつけて東大卒と言われたら迷惑だろう。馬が好きで好きでたまらない青年が、ごく普通に「東大馬術部→JRA 調教師」の道を選んだだけである。

 僕だったら、他の事を伝えたい。同時に発表された騎手試験合格者の中に西田雄一郎がいた。95年、騎手試験に合格した西田は、この 年10勝。96年にはサクラエイコウオーで七夕賞を快勝。有望な若手騎手だった。

 ところが……98年、彼は2度スピード違反をしてしまう。しかも、警察の出頭要請に応じなかった。

 彼に(マスコミも含め)世間は厳しかった。彼は騎手免許を返上した。へそ曲がりの僕は「その程度のことで仕事を失うのか? 弁護士 を頼んで争えば、騎乗停止半年ぐらいで許される」と思ったりした。何しろ、訳の分からない1億円を受け取った元総理大臣様が「もらっ たのだろう」と人ごとで済ます“寛容の国・ニッポン”だ。厳しすぎる、と思った。

 西田は6年たって騎手試験にチャレンジ。この間、宮城の牧場で馬の世話をする毎日。運転免許がなくなった亭主のため、奥さんが1時 間かけて練習に送り続けた。そして、合格した。

 西田君、おめでとう。

 時代遅れの美談報道と思わないでくれ。今の日本人に「けじめ」を教える“生きたマニュアル本”と思ってほしいのだ。

(毎日新聞東京版2月22日夕刊掲載)


授業料値上げの怪?

 以前から、永田町(それに追随する?マスコミ)の「政治とカネ」という表現に違和感を感じていた。

 ワイロを指弾するなら「政治家の汚いカネ」とハッキリ書けば良い。もし、政治資金が足りず苦労しているという話なら「政治家の経済 学」とでもいうべきだろう。それをごっちゃにして、漠然と「政治とカネ」と表現するから、いつも「政治にカネは付き物」に終わってし まう。

 日本歯科医師連盟の1億円ヤミ献金事件。例によって橋本元首相の証人喚問をめぐり審議拒否が始まる。「汚いカネは野党も同じ」と自 民党も開き直り、まるで“目くそ鼻くそ”。

 我々は国会議員に「仲間うちの不心得者」を征伐してもらうためにだけ歳費を払っているわけではない。前回「NHK受信料に消費税が 掛かるのはおかしい」と書いたら、読者の皆さんからものすごい数のメールをいただいた。「政治は受信料を義務づける明確な根拠を 示せ!」「ガソリン税に消費税が掛かる二重課税を追及せよ!」。ガソリン税(揮発油税+地方道路税で1リットル当たり53・8円)に は消費税が掛かっているのだ(軽油は「軽油引取税」で消費税ゼロ)。人々は「矛盾に満ち満ちたシステム」に腹を立てている。

 05年度予算案で、国は国立大学法人に対する運営費交付金を削減する代わりに、授業料標準額を52万800円から53万5800円 に引き上げた。文科省は標準額を決めただけで、決めるのは各国立大学法人、と言い張るが、運営費交付金を減らされたままでは、経営は 破たんしかねない。現時点で、半数以上が「値上げやむなし」。据え置きは1校だけ。

 03年の通常国会で国立大学法人法案が審議された時、当時の遠山敦子文科相は「授業料は上げない」と明言した。民間手法導入で競争 が生まれるというが、これは事実上「官主導」の値上げだ。ここだけの話だが、残りの大学は予算案の廃案を祈っている。 (詳しくは、今週発売のサンデー毎日の「青い空 白い雲」に)

 高等教育費の公費負担はドイツが91・3%で、日本は43・1%。政治哲学実現のためにどう平等にカネを集め、どう重点的に使うか。 それが本来の「政治とカネ」である。
(毎日新聞東京版2月15日夕刊掲載)


エッ、受信料に消費税?

 確定申告の季節。ここだけの話だが、一年中で一番苦手な季節だ。何か“落ち”があっては……と1年間の銀行口座も点検してみる。

 「16・2・26 25520 NHK受信料」と記載がある。

 自動引き落としで、気にもしなかったが……昨今のNHK騒動、月額“約”2000円の受信料は高いか、安いかは意見が分かれるだろ う。それにしても、なぜ“約”なのだろう。月額2000円、年間2万4000円なら分かりやすいのに……ひょっとすると……。

 NHKに電話した。「受信料のことで聞きたいのですが?」と言うと「どちらに、お住まいですか」。

 受信料支払い拒否の通告とでも思ったのか。「東京都○○区です」と答えると、即座に「○○局○○番にお掛け直し下さい」。

 掛け直して「受信料に消費税は入っているんですか?」と聞く。「お待ち下さい」。しばらくして「入っております」。「それはいくら ですか?」「ちょっとお待ち下さい」

 1分ぐらい待った。「衛星、カラーで2万4305円と5%の消費税で2万5520円だそうです」

 うかつだった。日本国は受信料にも消費税をかけていたのだ。

 許せない、と思った。受信料は「サービスの対価」ではない。サービスの対価なら、国民は「カネを払ってまで、NHKのサービスを受 けるつもりはない」と支払いを拒否することができる。

 だから、国は「サービスの対価ではなく、受信料はNHKを維持運営するための特殊な負担金」と定義づけ、国民に義務づけている。

 受信料はサービスを求める「消費」ではない。もし、国(の放送行政)が「負担金」と主張するなら、受信料は国民の義務。「税金」の ようなものである。(「資産譲渡等の対価に類する課税対象」という訳の分からない言い訳をしているようだが)どこに「税金」に消費税 を掛ける国があるか!

 受信料に付加された消費税。これこそ、国民にとって一大圧力。「政治家の圧力」で対決する朝日新聞もNHKも、なぜ、問題にしない のか。これこそ、NHK改革の第一歩なのに。不思議である。

(毎日新聞東京版2月8日夕刊掲載)


少子化は「票」に?

 「外向きの哲学」と「内向きの哲学」がある、ような気がする。

 自分も大事だが、家族も大事だ。家族も大事だが、地域、職場、学校も大事にしなければ……と考え、国家、世界(地球)はもっと大事 だと結論付けるのが「外向きの哲学」。 反対に、世界も大事だが、まずは日本が大事。日本が大事だが、職場はもっと大事だ。職場も大 事だが、家族はもっと大事……でも本当のところは、自分だけが大事……と考えるのが「内向きの哲学」である。

 哲学は、その日その日の出来心。人間は、ある時は「外向き」に、ある時は「内向き」に哲学して? 上手に生きる。資本主義のリーダ ーが数限りない規制を押し付け、実質的に社会主義国家? を作ったりするくらいだから「内向き」「外向き」の使い分けは、致し方ない。

 しかし「内向きの哲学(=自己愛主義)」だけではチト困る。昨今の自己中心的な事件や事象を見ると、内向きの哲学が充満して、歪 (ゆが)んだ世相を生んでいるような気がする。

 アンティークの勉強でイギリスの大学に留学している30歳の女性が、クリスマス休暇で帰国した時、「ロンドンはおなかの大きい女性 でいっぱい」と報告してくれた。英国は出産費用がタダである。パリは「出産費タダ、教育費タダ、育児休暇最長3年」でベビーブーム。 少子化にストップを掛けた。少子化を放置しているのは、日本と韓国ぐらいだ。(サンデー毎日のコラム「牧太郎の青い空 白い雲」で、 ここ2週「少子長寿化」について書いた。読んでほしい)

 「内向きの哲学」と関係あるかどうか、分からないが、日本が抱える最大の問題は少子化である。郵政民営化、年金改革、景気対策が実 現したとしても、このまま少子化が進めば年金、定年、退職金……すべてのシステムが崩壊する。出産にカネが掛かるなんて、後進国だ。

 財務省の某幹部が「ここだけの話ですが、少子化が止まらないと日本は沈没する、と政治家の皆さんに説明すると『そうだ』と言うんで すが、その癖、何も進まない」と嘆く。なぜ? 「少子化問題は票にならないからでしょうか」

 政治家の「内向きの哲学」は、ほとほと困ったものだ。

(毎日新聞東京版2月2日夕刊掲載)


ヤサ帳は誰のもの?

 イギリスの投資顧問会社に勤務する知人が、こんな話をしてくれた。

 「同僚の机の上が少し変わったような気がする。妙だな、と思っていたら……ある日、突然、その同僚が退職を申し出るんだ。上司との 話し合いがその場で行われ、退職が決まると彼は猛スピードで机を片付け始める。書類、フロッピー……。イギリスでは退職が決まった 人間は30分以内に職場を離脱しなければならない。つまり、彼は周囲に気づかれぬように“持ち出すもの”を外部に移動させていたんだ」

 なるほど。日本なら「お話があります」と部下が切り出し、上司が「退社? なぜ? 期待したのに」と慰留し、退職が決まっても“後 釜”が決まるまで勤務を続ける。送別会という儀式もある。

 イギリスは違う。退職した人物が情報を持ち出すのを防ぐ“30分ルール”。突然の退職は、情報を持って「敵」に寝返りすることでも ある。

 日本でも「寝返り」は増えている。新聞業界も変わらない。ここだけの話だが、同僚記者が同業他社に移ったりすると、何となく腹が立 つ。

 例えば「ヤサ帳」である。「ヤサ帳」は新聞業界でしか通用しない隠語。ヤサとはサヤ。刀が鞘(さや)に納まるように、人間もネグラ に戻る。つまり、ヤサは住宅のこと。「ヤサ帳」はキーマンの住所録である。

 事件の捜査状況を知るために、事件記者は刑事(デカ)さんの自宅を訪問する。公務員には「守秘義務」があるから、職場では黙して語 らない。だから“夜討ち朝駆け”。

 しかし、その刑事さんの住所を探し出すのが難しい。やっと出来上がった「ヤサ帳」は運命共同体を誓い合った同僚との共有財産になる。 その宝が同僚の退社と共に流出する。

 今、日本でも、こんなことがありとあらゆる分野で起こっているのだろう。バブル崩壊後、「終身雇用は終わった」という謳(うた)い 文句で、リストラ力(強引に「首切り」する力)を誇った会社が生き延びた。が、多分、これからは「上手な雇用で情報とノウハウを守る 企業」が生き残る。

 それに……寝返り男よ。ストレスを抱え、新しい職場で生き残るのも、難儀じゃございませんか。

(毎日新聞東京版1月25日夕刊掲載)


“高利”の奪い合い?

 モノの本質を隠す、巧みなネーミングが跋扈(ばっこ)している。

 「消費者金融」などはその最たるもの。賢く善意の(それでいて弱い)消費者を支援する金融。無担保、無保証、即決。緩やかな融資条 件で、確かに便利だが、おおむね年18〜25%を中心にしたローン商品。法定内金利ではあるが、ズバリと本質をとらえる古い日本語で 言えば「高利貸」と感じる人も多いだろう。

 「消費者金融」の存在価値を否定するつもりはない。が、もし「高利貸」という言葉が使われていたら、安易に利用する人は少なかった と思う。昨今、日本人はネーミングにだまされる。

 遊興費のために10万、20万円と借りまくる青年に「年利18%でいくらになる。考えろ!」と注意した。事実、消費者金融で返せな くなり、ヤミ金融を紹介されたやつもいる。

 その「消費者金融」が銀行と提携し始めた。アコムと三菱東京フィナンシャル・グループ、プロミスと三井住友フィナンシャル・グルー プ……。

 驚いた。消費者金融は、銀行では貸せない顧客に融資をして成長した業界だ。銀行には住宅・教育・自動車といった目的ローンはあるが、 遊興費を貸す「文化」はなかった。それが、一体、どうしたんだ。

 ここだけの話だが、不良債権処理が一段落した銀行群が収益強化に向かって「高利」に目覚めたのではないか、と友人が話してくれた。

 目覚めたのは良いが、銀行には「担保を持たない個人」を審査するノウハウはない。そこで、個人信用情報を持つ消費者金融と提携する。

 老舗銀行の建物の中に、消費者金融のローン申し込み機が置かれるのか。金利は? 消息通は「銀行のローン商品はおおむね年12%以 下。消費者金融のローンは18〜25%前後。この空白部分12〜18%に新しい商品が出るのでは」と予想する。

 しかし、疑問は残る。これまで、甘い汁を吸っていた消費者金融が、なぜ銀行と提携するのか。

 答えは「少子化」だった。お得意先の「収入が低い、信用力が低い、担保がない20代」が少子化で減る。そこで、新しい「お客」を銀 行から奪う。

 「提携」とは「奪い合い」のことなんだ。

(毎日新聞東京版1月18日夕刊掲載)


ハンデキャッパー

 急に寒くなった1月4日朝、また一人“職人”が逝った。昭和の名ハンデキャッパー・柴田裕さん、63歳。全国に十数人しかいないハ ンデキャッパーの早過ぎる死だった。

 競馬法施行令15条に「馬の競走能力を概(おおむ)ね等しくするため、その能力に応じて負担させる重量を決定する」という規程があ る。強い馬に重い重量を背負わせ、弱い馬に軽い重量を背負わせる。さすれば両者の能力差は縮まり、すべての馬に勝利の機会が概ね均等 に与えられる。これをハンデ戦という。ここだけの話だが、競馬は強いから勝つ、というわけではない。人間社会で強い人が必ずしも勝た ないため格差是正があるように、競馬の世界でも、勝利の機会を均等にする必要があるのだ。

 「どうせ勝てないなら」と、弱い馬の馬主・調教師がさっさと出走を辞退してしまっては困る。出走頭数が少なくなれば馬券の売り上げ は落ちる。馬券の売り上げの10%以上を吸い上げる国庫にとってはハンデ戦が必要なのだ。もちろんファンも、手に汗握るハンデ戦が好 きだ。どの馬が勝ってもおかしくないレースを作る、それがハンデキャッパー。

 柴田さんは1964年、岐阜大学の獣医科を卒業。JRA(日本中央競馬会)に獣医として勤務したが、ハンデキャッパーが性に合った のだろう。71年からこの道一筋。何百、何千というレースのハンデを決めてきた。馬体の好不調、競走距離、レース展開、騎乗法、過去 の着順……ありとあらゆるデータを勘案して、ゴール前、すべての馬が横一線になるのを究極の目的にハンデを決める。朝4時に起きて、 連日、馬の調教を見定める。

 横一線のレース? 例えば、平成2年新潟記念。49キロの最軽量の6歳馬サファリオリーブが勝ち。ハナ差、ハナ差が続き、1着から 12着までコンマ1秒差の激戦だった。

 柴田さんは「あなたのベストハンデレースは?」と聞かれるたびに「まだ、おれにはないよ」と言い続けたが、僕の印象では、その腕は JRA一ではなかったか。

 柴田さんからハンデキャッパー業務を教えてもらった韓国馬事会の代表が葬儀に参列した。「職人の腕」は国境を越えた。

(毎日新聞東京版1月11日夕刊掲載)


埋め込みチップ

 テロにでも巻き込まれたのか、とにかく病院の救急治療室にいる。同僚も、取材先の知人も、傷ついて収容されている。大惨事?

 早く何とかしてもらわなければ……右隣の人は手術を受けた。次は僕の番だな、と思ったら、左の人のところへ医師は向かった。人々は 次々に回復する。だが、なぜか医師は僕のところへ来ない。嫌われ者の新聞記者だから、見捨てられるのか。助けてくれ〜!……と叫んだ ところで目が覚めた。

 2005年の初夢。地震、津波、放火……といった「災」が意識の片隅にあったからか……夢の中で、僕の手当てが後回しになったのは、 年末から混合診療を勉強して、もしかすると、医療に貧富の差が生まれるのでは、と心配していたからか……。

 親しい医師に「ヘンな夢を見た」と言ったら「診療後回し? ウーム、正夢だゾ」と脅かされた。

 「ここだけの話だが、2005年中に、日本でも体内埋め込みチップが大論争になる」。ヘッ、体内埋め込みチップ? 何だ、それ?

 最近、米国アプライド・デジタル・ソリューションズ(ADS)社は人体埋め込み型IDチップを開発、発売した。米粒大のチップは音 も出さず、目にも見えないが、利用者の情報が保存されており、読み取り装置にかけると情報が出てくる。「商品に付いているバーコード と同じだ」と彼は説明した。

 価格は200ドル。それに、チップを医師に埋め込んでもらう費用と月額10ドルのデーターベース管理料。で、どんな利点があるの?

 原子力発電所の建物へ入る時、職員はID認証装置にカードを通す代わりに、チップを埋め込んだ腕を出せばよい。“腕”でATM (現金自動受払機)から現金を引き出せる。

 「チップを医療データベースとリンクすれば、意識不明の患者の体をスキャンするだけで病歴が分かり、すぐ処置できる」

 なるほど、チップの有る無しで、治療スピードに格差が生まれるのか。

 でも、これでは「人間端末」ではないか。データを独り占めにする者に、人間は完全に支配される。そんなばかなこと、夢であってほし い。

(毎日新聞東京版1月4日夕刊掲載)


島倉千代子の50年

 社会部の大先輩・オープンさんから手紙が来た。オープンさんは本名・開真(ひらきまこと)。名前通りのあけっぴろげな性格。いつも 人気者だった。

 手紙に新聞のコピーが入っている。「小生も79歳。身辺整理をしていたら、同封の記事が出てきた」

 「若だんな楽団、近く表彰 防犯にも一役 北品川」という1953年5月8日東京城南版の記事。若い商店主が楽団を作り、留置人や 恵まれない子供らを慰問している。カット写真付き。多分“駆け出し”のオープンさんが警察で拾ったネタだろう。

 本文に「歌は品川中学3年生・島倉千代子さん」とある。ひょっとして……オープン先輩「調べてみろ!」と後輩に“命令”している?

 お千代さんをやっとつかまえた。「この記事にある島倉千代子さんはあなたですか?」とぶしつけな質問。

 「ヘッ! この写真……。そうよ、アコーディオンを弾いているの確かに私です。こんな記事があったんですか」とお千代さん、歓声を 上げた。

 当時、売春防止法がなく昔のままの「女郎屋」が並ぶ北品川地区は犯罪多発地区だった。そこで防犯に一役買った若だんな衆。記事を読 み終え、お千代さん「そんな意味があったんですか」と、しみじみ。

 今、品川は東京で一番ナウい街に変貌(へんぼう)した。“のど自慢荒らし”の少女は、この翌年、プロになった。それから50年。

 今年もNHK「紅白歌合戦」がやって来た。86年まで30回連続出場の彼女は「いつ落ちるか、恐怖の連続で……」。翌年、紅白を辞 退した。美空ひばりから「これで良いの? 後悔しない?」と電話が掛かった。「ハイ、ありません」と答えて、初めて静かにテレビを見 たという。

 今年、視聴者アンケートで「紅白」に出場する。「ここだけの話よ。わたし、去年、あることがあって心が飛んだの。声が飛んだの」と 涙ぐんだ。大ヒット、結婚、破局、借金、がん……。「人生いろいろあったけれど、声が出なくなるほどのストレスは初めて」。身近な人 の一言で声が出なくなるなんて……。理由は聞かなかった。だって、お千代さん、克服したんだから。

 大みそか、島倉千代子は万感を込めて、半世紀を歌う。

(毎日新聞東京版12月28日夕刊掲載)


バルクを応援するぞ!

 競馬ファンでなくても、ハイセイコー、オグリキャップの名前はご存じだろう。目立つ血統でもない(つまり価格も安い)地方出身の競 走馬がさまざまなハンディを背負いながら、中央の良血馬(つまり価格が高い)に挑む。ひた向きに走り続ける“地方の怪物”。庶民は 熱狂した。

 ブランド野郎に負けるものか!

 2004年冬。そんなドラマが、再び幕を開けようとしている。北の星・コスモバルクである。

 バルクは01年2月10日、北海道三石(みついし)町の牧場で生まれた。父はアイルランドダービー馬のザグレブ。97年、日本で種 牡馬になったが、ロクな子供が生まれない。バルクが生まれた翌年、故郷のアイルランドに帰っていった。タネ馬としては負け組? だっ た。母・イセノトウショウはレースで走ったこともない。

 バルクは、ネズミのような、見栄えの悪い馬だった。が、岡田繁幸(おかだしげゆき)氏の目に留まった。馬の才能を見極める「相馬眼」 では業界1、2と言われる岡田氏はセリ市の季節になると集中力でゲッソリやせる。命がけだ。

 彼は500万円前後の安値でバルクを手に入れた。1億円の超良血馬とは比較にならない。

 日本の競馬では馬主と調教師は別だが、馬主の岡田氏は自前の北海道静内(しずない)町のビッグレッドファームでバルクの特訓を始め た。

 そのころ、北海道営競馬に革命?が起こっていた。競走馬は一定期間、競馬場・トレセンのきゅう舎に寝泊まりしてレースを迎えなけれ ばならないが、道営は「民間の育成牧場からレース当日、競馬場に直行できる制度」を導入したのだ。岡田氏は直前まで自分の牧場でトレ ーニングした。バルクは北海道で4戦2勝。そして、輸送に20時間以上もかけて、東京、京都などに遠征7回。皐月(さつき)賞、ダー ビー、菊花賞に挑んだ。ひた向きだった。そして惜敗を繰り返す。古馬との対決・ジャパンCも2着。

 今度こそ! 「負け組」がリストラ、増税で苦しみ、災害に傷ついた人たちが歯を食い縛る2004年冬。26日の中山競馬場の有馬記 念で、打倒!勝ち組、打倒!ブランドのドラマが始まる。

 ここだけの話だが、僕はもちろんバルクの単勝を買う。

(毎日新聞東京版12月21日夕刊掲載)


ニートより無気力で

 毎日新聞の緊急世論調査で内閣支持率は37%。イラク自衛隊派遣延長に反対した人が62%もいた。ここだけの話、この数字には驚 いた。

 と言うのも……一部メディアはサマワ視察セレモニーを伝えるだけで“延長容認派”にくみしていた。延長を閣議決定した時点でCN Nは「日本国民に強い反対があるが、小泉内閣は派遣を決定した」と報じたが、NHKは国内世論にほとんど触れず「イラクは歓迎。た だ一部宗教関係者が非難した」と報道した。

 イラクの反応はNHKが言うほど単純ではない。自衛隊員にも「サマワでも反米感情は強く、一体と思われるのが怖い」という意見も ある。NHKは小泉政権の言いなりで「独立性」を放棄した、と僕は思う。

 民放の朝ワイドは、この時期「ウソつき北朝鮮」一色。北朝鮮は許せない。取材に力が入る。が、その分「イラク」は片隅に追いやら れる。

 政府はなぜ、派遣延長決定の時期に「めぐみさんの遺骨はニセモノ」と発表したのか。意図は分からないが、結果として北朝鮮一色で ある。

 巧妙な世論操作が功を奏し、多くの人々が「イラク」を忘れてしまったのか?と危惧(きぐ)したが……そうは問屋が卸さなかった。 日本人のバランス感覚は脈々と生きていた。

 それなのに……派遣延長に反対して、わざわざ首相官邸に押しかけた自民党の大物議員3人組はどうしたのか。派遣延長がゴリ押しさ れればKKKの3人組は自民党を離党する、と期待する向きさえあった。

 それが何もしない。「残念ながら運動にならなかった」と平気の平左(へいざ)である。巧みな世論操作に負けたのは国民にあらずし て政治家だった。

 決起しない政治家……最近のニート(NEET=Not in Education,Employment or Trainin g=就業、就学、職業訓練のいずれもしない若者)と“無気力さ”において似たり寄ったりである。

 いやいや「選挙」という名の就職活動にはことのほか熱心で、職にありつけると不正政治献金、職権乱用、国会審議無視、弱者・老齢 者いじめ……そのうえ、国家の大事で平気で裏切る。「無気力」を装うこんな悪質政治業者は始末が悪い。

(毎日新聞東京版12月14日夕刊掲載)


ウソつき大賞

 「2004年ウソつき大賞」も大詰め。三賞の発表です。殊勲賞は「テレビが壊れた!」です。(拍手)

 NHK職員の制作費着服に腹を立てた視聴者の抗議のウソ……ですよね? 解説の宇曽野つく造さん。

 「そうです。テレビが壊れたので受信料を解約する、と電話したら、数日後にNHKから受信契約廃止届書が届いた。月に約3万件も 不払いが増えているようですね。NHKもウソと知りつつ、拒否することが出来なかった。もし『海老沢NHKが壊れました』ではあまり に生臭くて、三賞には入らなかった、と思いますよ」

 生臭いと減点ですか。分かりました……さて、次の技能賞は橋本龍太郎さん。「私が1億円を受け取って、渡したことは事実なんだろ う」です。(エッ!) 皆さんは驚いていらっしゃいますが、なぜ、これが技能賞なんですか? 宇曽野さん。

 「例の1億円ヤミ献金事件です。政治倫理審査会で元首相が言った言葉です。『事実』と言っても、これは立派な『ウソ』なんです。 昔からある『記憶にありません』のたぐいなんですが、時間差技が光る」

 何ですか、時間差技というのは? 「つまり、世間の注目が集まる時には身の潔白を主張し、熱が冷めたころ、『事実なんだろう』と人 ごとのように言う。それが光りました」

 なるほど。次は敢闘賞です。あっ、これも政治家です。「自衛隊が活動する地域が非戦闘地域」です。

 「さすがにウソつき大賞常連! 小泉さんは今年も頑張りました。下手な禅問答で『必要な時期に(自衛隊派遣を)説明する』と逃げる。 もう、とっくに延長を決めているのに」

 エッ、自衛隊派遣延長が決まっている? 驚きました。ここだけの話でいいですから、教えて下さい。

 「あなたもテレビ局員でしょ。あなたこそウソつきだ。取り返しのつかない派遣延長を知りながら、ウソつき大賞の司会なんかしていて ……」

 ……(司会者に苦渋)。急ぎましょう。優勝は? そうです。ブッシュ大統領の「イラクに大量破壊兵器がある」……そこで目が覚 めた。

 ばかげた夢を見ているうちに、自衛隊派遣の期限は12月14日!

(毎日新聞東京版12月7日夕刊掲載)


カネの切れ目が…

 インフルエンザの予防注射をした。料金は4200円。保険適用外だから仕方がないが、ちょっと痛い。 患者が少なくなれば国家財政 は助かる。保険にすればいいのに……。

 酒を飲みすぎ(つまり酒税を人一倍払い続け)脳卒中になったのに、国は感謝状一つくれない。酒税・たばこ税は医療特定財源にすべき だ、なんて愚痴も出る。

 ともかく、腹が立つ。昨今、税と言わず、年金と言わず、国民の負担が肥大するばかりである。3割負担で「保険」と言えるのか。

 そこへ持ってきて「混合診療」の論議である。これまで日本は「混合診療」を禁止してきた。保険が利かない治療を受ける時は、検査、 診察料など本来保険が利く基本的部分も全部自由診療になる。「保険が利かないもの」が一つでも交ざると、治療費はすべて自己負担にな るのだ。

 そこで、お医者さんは知恵を絞る。ここだけの話だが、勃起(ぼっき)不全の患者にバイアグラを出すと「混合診療」になるので、糖尿 病の治療をしたことにしてバイアグラの分だけ全額自己負担。ヤミ混合診療? である。

 そのくらいなら「混合診療」を解禁したら……というのが小泉内閣の意向である。

 「混合診療」の解禁で喜ぶのはがん患者だろう。アメリカ食品医薬品局が認めている抗がん剤のうち、日本では約60が未承認と聞く。 日本では効果判定に時間がかかり、医師も、患者もそれを待てない。混合診療はこの「未承認抗がん剤による有望な診療」に道を開く。

 だが、待てよ。

 混合診療解禁の意向はどこから出てきたのか。経済財政諮問会議である。すべては破たんしつつある国家財政の帳尻合わせの“手品”。

 長期的に見れば、金持ちだけが優れた医療を受けることになるから日本医師会は「保険で利くものが小さくなる」と猛反対する。

 がん患者を救え!(ただし、これは抗がん剤をすばやく承認すれば解決する)。他方、教育・医療の「社会的共通資本」が金持ちだけの 物になる危険……。

 格差時代がやって来る。カネの切れ目が縁の……いやいや命の切れ目……嫌な時代になった。

(毎日新聞東京版11月30日夕刊掲載)


1対29対300の法則

 「1対29対300の法則」をご存じだろうか。

 アメリカの技師・ハインリッヒ氏が発表した労働災害の発生確率分析。「1件の重大災害の裏には、29件の軽度の災害があり、ケガ人 は出なかったが、ヒヤッとする300件の体験がある」というのである。

 確かに、ビジネスの世界でも、当事者が「ヒヤッとする失敗」と思っても、外部からクレームが来ないので、つい見逃して“大失敗”。 300件の「認識された潜在的失敗」があり、29件の「軽い失敗」が存在し「致命的な大災害」が起こる。

 日本も、いま「認識した潜在的失敗」を積み重ねている。

 例えば……香田証生(しょうせい)さんが武装グループに誘拐された。「ヒヤッ」とした。小泉さんは「テロに屈することは出来ない」 と言うだけで、自国民を守ることが出来ない。香田さんは星条旗に包まれ遺体で発見された。

 国家と国民の“契約”が履行できない。善意の外交官は悩んだ。しかし、国家にクレームは少なかった。

 「危険だから行くな!」と言われたのに無視した青年。「自業自得じゃないか。中越地震の惨状。それどころではない」という思いもあ った。

 しかし、もっと深層の部分で、日本人は「自衛隊派遣が失敗だったかどうか」を精査するのが怖いのだ。

 ブッシュ大統領は大義なき戦争を引き起こし、結果として、世界中のテロ集団をイラクに集結させてしまった。愚かな戦争? 罪のない イラク人、米兵も多数死んでいる。

 日本人の多くは「愚かな戦争」を十分に認識している(と思う)。だが……同盟国が失敗した時、その“力なき同盟国”はどうすれば良 いのか。それが分からない。ここだけの話だが、小泉さんは「ブッシュの失敗に目をつぶってくれ!」と言っているようなものだ。

 英国は違う。「ブレアはブッシュのプードル(忠犬)なのか」という激しい論議が展開されている。

 自衛隊派遣延長まで約1カ月。延長に反対する自民党議員は決然として離党すべきである。そうしなければ「認識した潜在的失敗」は 顕在化しない。このままでは、日本は、ただ「大災害」を待っているだけではないか。

(毎日新聞東京版11月16日夕刊掲載)


オバマって誰だ!?

 ブッシュVSケリーの米大統領選には、さほど興味がなかった。

 「イラク戦争の是非が最大の争点」と言われても、ピンと来ない。多くのイラク人が(暫定政府関係者は別だが)「どちらが勝っても変 わりない」と冷めた反応を繰り返す。「イラクが最大の争点」というのは限りなく虚構に近いように思えた。

 勝敗も予想できた。ケリー候補は「どこが悪い」と言うわけではないが顔つきに“難”がある。アメリカ人の好みは分からないが、口に こそ出さなくても日本人の多くは「暗い同僚は嫌だ」という程度の違和感を挑戦者・ケリーに感じていたはずだ。

 「辛うじてブッシュ勝つ!」という予想は的中した。最後は候補者のキャラクターが勝負を決める。

 それより……ここだけの話だが、イリノイ州の上院選挙が気になった。バラック・オバマ氏が勝つか? これが最大の関心事だった。

 オバマって誰だ? イリノイ州議会議員、バラック・オバマ氏。43歳。移民したケニア人を父に、カンザス州出身の白人女性を母に持 つ「アフリカン・アメリカン」である。

 貧しい家庭に育った彼は、なぜ、黒人の若者が自己破壊的な道を選ぶのか……そればかり考えて青春を送る。ハーバード大ロースクール に学んだ彼は大手弁護士事務所への就職をけってシカゴの貧困地域に住みつく。結局、「貧困」と戦うために政治家の道を選んだ。

 7月下旬の民主党大会で、オバマ氏は基調演説の大役を果たした。翌日のメディアは、同じ日に行われたケリー候補夫人のスピーチより、 この黒人州議会議員の基調演説を大々的に報じた。スター誕生? CNNで見て、がぜん興味がわいた。

 民主党のケリー候補がイラク戦争開始を要求した2002年、「私はすべての戦争に反対しているのではない。愚かな戦争に反対なのだ」 と主張したオバマ氏。2年後、ケリー候補が敗れた日、彼は上院選挙で勝利した。第二次大戦後、3人目の黒人議員。

 いつの日にか、アメリカに女性大統領、黒人大統領が生まれると確信する僕は彗星(すいせい)のように現れた「真っ白い歯のオバマ」 を次期大統領候補の“大穴”にリストアップした。

(毎日新聞東京版11月9日夕刊掲載)


天皇のお言葉

 憲法第1章第1条に天皇の地位は「国民の総意に基く」とある。総意とは「すべての者の意見」。民主主義原理に則(のっと)っている。

 しかし、第2条で「皇位は世襲」と定めている。子孫が代々受け継ぐ世襲は民主主義原理とは違う。この相反する価値観を両立させると ころに、2000年を超える日本民族の「知恵」があったのだろう。日本国憲法はたかだか60年足らずの歴史。改正もあり得るが「天皇 (制)」をなくそうとする動きは(現時点では)まずない。「天皇」は憲法より重い存在、と考える人もいる。

 戦後、昭和天皇は「無私」を貫いた。現憲法に忠実に「政治的なこと」に言及することはなかった。

 10月31日、天皇皇后両陛下はJRA設立50周年を祝って、天皇賞を観戦する予定だった。ここだけの話だが、陛下に一度だけお目 にかかった時、僕が「陛下のご観戦を心待ちにしております」と切り出すと、陛下は「皇太子の時は2回競馬場に行きました」と楽しそう に話された。

 ところが、突然の新潟県中越地震。陛下は「準備に尽くしてきた関係者に心苦しいことではあるが、せっかくの天皇賞競走に晴れやかな 気持ちで臨むためにも、行幸啓を取りあえず、来年まで1年延期することは出来ないか?」とお尋ねになった。

 10月26日昼「延期」が決まった。が、発表は夜まで遅れた。

 理由がある。同じように予定された秋の園遊会をどうするかで、宮内庁は揺れた。招待者に地震、台風で被災した自治体職員が含まれて いる。拝察すれば、園遊会より、両陛下は被災地を訪れ、お見舞いをなさりたいお気持ちだったのだろう。「(被災で園遊会に)出席でき なかった場合、次回以降に招待する」という文言が発表文に加えられた。

 その園遊会。東京都教育委員の米長邦雄さんが「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させるというのが私の仕事でございます」と話 した時、陛下は柔らかにだが、間髪いれず「やはり、強制になるものではないのが望ましい」と話された。陛下の強い意思を感じた。

 不透明な時代だからこそ「天皇」のお考えを知りたい、と思うのは僕だけだろうか。

(毎日新聞東京版11月2日夕刊掲載)


「ニセ本丸」の正体は?

 子供のころ、友達から映画の切符をもらった。何も“お礼”しなかったら、母にこっぴどく怒られた。

 人間は“無償”では動かない。仲良くなりたいから動く。名誉のために動く。恋で動く。金銭で動く。「だから、彼の好物の今川焼きで もおごって、仲良くなったら」と母は言った。

 人間は「何か」を求めて動いている。その「何か」を見定めるのは、幾つになっても、至難の業だ。同じ人物が同じ動き方をしても「何 か」は違う。建前、本音、ハッタリ、下心。うそが入り交じるから「映画の切符」のように単純ではない。

 小泉さんが「本丸」「本丸」と叫んでいる。何やら動いているのは確かだが、その真意が分からない。

 「本丸」とは、城の中心部にある、天守を築いた最も重要な郭(くるわ)である。「郵政民営化は改革の本丸」と言うからには、その「 本丸」に攻め入る、と決意表明しているのかもしれない。しかし、そこは、本当の「本丸」なのか。僕は怪しんでいる。

 以前、彼はことあるごとに「郵政3事業の民営化は財政投融資制度の抜本的改革につながる」と力説した。

 財政投融資は、財務省が年金、郵政資金を強制的に借り上げ、特殊法人、特別会計、さらに自治体に貸し付ける制度である。その残高は 実に350兆円。一般会計と違い、財投は国会審議を受けることなく(国民のチェックなしで)垂れ流しされる。しかも、ここだけの話だ が、その大半が返済不能?の借金なのだ。

 「財投」という名の不良債権。それを是正するための郵政民営化ではなかったのか。少なくとも、民営化で郵政事業が肥大化し、民業を 圧迫するのが目的ではなかった。

 9月10日の「郵政民営化の基本方針」から財投改革の言葉は消え、小泉さんは「ニセ本丸」に動いている。

 小泉さんが攻め入ったのは郵政族、建設族の拠点・旧田中城(=旧橋本城)の「本丸」? 角福戦争の昔から綿々と続いた旧田中派との 戦いが、ついに最終段階に入った。つまり「本丸」違い?

 相も変わらぬ政争の“愚”。嗚呼(ああ)「無償の改革」と勘違いした僕が、ばかだった。

(毎日新聞東京版10月26日夕刊掲載)


「お笑い」の大笑い

 秋は同窓会の季節。東京の下町、我が母校・台東区立育英小学校の昭和32年卒業組も同期会を開いた。

 「ことしは、みんな還暦だから派手にやる。絶対に来いよ!」と言われ、「あっ、僕も60歳なんだ」とホロ苦い気分。そう言えば、大 学を出たばかりだった美人先生はいくつになったのだろう。脚が不自由だという先生が伊豆からやって来られる。これまで、多忙を理由に 欠席していた僕も、初めて出席した。

 47年半ぶりである。誰も、僕のことなんて忘れているだろう、と心配だったが……ひょろ長い、屁理屈(へりくつ)ばかり、その癖、 算数と家庭科だけが「5」で、あとはオール「2」だった劣等生をみんな覚えていてくれた。

 「落語のことも覚えているワ」

 6年生のころ、ラジオの落語に夢中だった。当時はまだ、街頭テレビの時代。大人たちはラジオで講談、浪曲、落語といった娯楽を楽し んでいた。大人ぶる性癖があったのだろう。「僕は勉強しないで、落語を聴いているんだ」と妙な自慢をした。

 「なら、やってみろ!」ということになった。放課後、教室の隅に机を並べ、教員室から座布団を持ってきて高座が出来た。11歳の坊 主は生まれてはじめて落語「豆や」を演じた。悪い客が豆やをからかう話。ラジオで聴いた通りにしゃべった。

 同級生たちはゲラゲラと笑った。うまいもんだろう。才能があるのかなあ。有頂天。ここだけの話だが「落語家になろう」とさえ思っ た。

 「あの日のこと、はっきり覚えているワ」と一人が言った。そうだろう。小学生が教室で落語をしゃべるなんて前代未聞。記憶に残って 当然だ。急に胸を張りたい気分。同窓会の“壁の花”にならなくて助かった。

 懐かしそうに「そうそう、みんな、廊下に集まってなぁ。『やつ、本気だぜ』『困るよな。どうせ下手に決まっているのに』『でも、太 郎ちゃん、一生懸命だから、おかしくなくても笑うんだよ』と約束してなぁ」と、誰かが話した途端、60歳の同級生は一斉に笑い出した。 僕だけ「……」。

 何だ、あのゲラゲラ、やらせ? だったのか。

 でも……下町の「恥をかかせない友情」って、うれしいじゃないか。

(毎日新聞東京版10月19日夕刊掲載)


青い空、白い雲

 週刊誌、殺すにゃ、刃物は要らぬ、雨の3日も降ればいい−−。

 発売後の3日間が、週刊誌の売れ行きを決める。その3日間が雨だったら……売り上げはガクンと落ち込む。傘が週刊誌の大敵なのだ。

 10年ほど前、サンデー毎日の編集長だったころ、いつも「空」ばっかり気にしていた。東京地区発売の月曜日。午前5時半ごろ、寝 室のカーテンを恐る恐る開ける。雨。仕方ない。火曜も水曜も雨。朝から自棄酒(やけざけ)を飲みたい心境である。が、待てよ。雨に 泣いているのは僕ばかりではない。あの人たちこそ「雨」に泣いている。駅前の新聞・雑誌売り場に出かけた。

 「今週、何が売れてる?」と聞く。「売れないよ。この雨じゃあ。でも週刊××は売れてるね」

 雨の日でも売れているには、それなりの理由がある。それは何か?

 夕刊紙が発売になる昼、店を開けるおばちゃんは、秋の長雨のころ、足元に電気ストーブを置いていた。

 雨の日ごとに「何が売れてる?」とやって来る男に、彼女は「あんた誰なんだい?」と聞く。「実は……」と打ち明けると「あの売れ ない週刊誌の編集長さん?」

 大きなお世話だ。

 でも、売れない。約1時間、サンデー毎日はゼロ冊。週刊××は3冊。

 おばちゃんは当方に「売れるコツ」を教えてくれた。そして、それ以来、彼女は“売れる週刊××”の隣にサンデー毎日を置いてくれ た。

 新聞は偉そうに「テレビは視聴率ばかり気にして……」と批判するが、ここだけの話だが、新聞社系の週刊誌だって実部数に青息吐息 だ。

 先週から、古巣のサンデー毎日でコラムを連載することになった。タイトルは「青い空 白い雲」。僕の一番好きな言葉だ。今週の第 2回はシングソングライター・KEIICHIROの「青い空」を書いた。(良い話です。読んで下さい!)

 雨の日、JR浅草橋駅西口の売り場で久しぶりにサンデー毎日を買い、売り場の女性と話して驚いた。彼女、JR有楽町駅前で店を開 いた昔、再三、週刊××編集長H氏の来訪を受けたという。なんだ、彼も“同じ手”を使っていたのか?

 長雨の後は「青い空」だ。

(毎日新聞東京版10月12日夕刊掲載)


48年後の“荷風”続報

 品の良い、ご婦人が「この記事を読んで下さい」と訪ねて来た。

 昭和31年6月4日付の毎日新聞。「『ボク東綺譚(ぼくとうきだん)』の原稿 父子二代のリレーで秘蔵」の見出しが躍っている。

 「この世にないとされた永井荷風の名作『ボク東綺譚』の原稿が発見された。荷風は広瀬千香という人に懇願され、原稿を与えたが、売 却できないように最初の部分は破った。が、原稿は広瀬氏から<特に名を秘す人物>に譲られ、二代にわたって空襲と火災から守られた」 とある。

 婦人は「私は記事にある広瀬千香の娘です。秘蔵したという人が“特に名を秘す”で、なぜ、母が実名なのですか?」と切り出した。千 香さんは編集・校正を業とした人物。95年、98歳で亡くなっている。娘さんが代わって「真相」を語った。

 昭和11〜12年、荷風は「ボク東綺譚」を書いた。朝日新聞に連載する予定だったが、盧溝橋事件勃発(ぼっぱつ)直前の切迫した時 局で掲載が少し遅れた(昭和12年4月16日付で連載開始)。

 そこで、荷風は私家版を作ると言い出した。千香さんが校正を担当。本が出来た時、荷風から自筆の原稿をもらった。原稿は千香さんが 校正した分だけで、荷風が自ら校正した部分は入っていなかった。売却を防ぐためではない。

 昭和18年、千香さんは自費出版の支払いに困り「ある人」から借金した。借金のシルシとして、原稿を預けたのだが、借金を返済して も先方は「探す」と言うだけで原稿を返してくれなかった。

 「なぜ、あの時、母に取材してくれなかったのですか」

 「48年後の抗議」である。

 ここだけの話だが、誰がこの記事を書いたのか、分からなかった。事実関係を確かめるには時間がたちすぎていた。

 「私も81歳。母の汚名をそそがなければ、と思いましたが、聞いていただけただけで結構です」

 婦人の真剣なまなざしが目に浮かんで……悩んだ。

 大先輩記者が千香さんに会えば、その言い分を紙面化しただろう。なら、代わって僕が「もう一つの真相」を書こう。だからこれは「4 8年後の続報」なのだ。

(毎日新聞東京版10月5日夕刊掲載)


キーボードの罪?

 ごくまれに、雑誌社から原稿の依頼を受けることがある。

 数年前まで、編集者が電話を掛けてきて「ぜひ、お願いしたい。詳しくはファクスで」という段取りだった。電話で趣旨、字数、締め切 り、それに「些少(さしょう)ですが」と原稿料が知らされる。ファクスは確認行為。編集者が来訪されるケースも多かった。

 ところが、最近はメールが主流である。初めての編集者から依頼内容が記入されたメールがやって来る。後はこちらが返信すれば良い。 便利だ。でも……何か味気ない。

 多分、依頼された側の“観察行為”が拒否されるからだろう。電話で相手の声の質、言葉づかい、それに熱意……そんなものを“観察” して「書かせてもらいます」と決意するのだが、メールの依頼だけでは、依頼者の人となり、体臭のようなものは、まず伝わってこない。 依頼文のひな型が用意されていて、キーボードで先方の名前を打ち替えるだけではないのか。どうにも味気ない。

 1995年の秋から冬にかけて、新型のパソコン基本ソフト・WINDOWS95が驚異的に売れた。パソコン元年。そのころから、日 本文化は「意思の伝達=キーボードを打つ!」になった。

 それから10年……某大学教授が指摘する味気なさ。「自信がないのか、若者はまずメールのやり取りから始め、恐る恐るデートするん だ」。退職した刑事さんの味気なさ。「ここだけの話だが、調書をパソコンで取るケースが増えて、取り調べの“押し”のようなものがな くなった」

 記者会見で記者さんがパソコンでメモを取る。その手さばきは見事だが、概して、鋭い質問を浴びせる余力? を感じない。質問より、 まずはキーボードの入力なのか?

 そればかりか、「メールで夜回り」の記者が現れた。深夜、関係者の自宅を訪ねて取材する「夜回り」は相手の顔色を見ながら事実を確 かめるのだが、訪問せずメールで済ましてしまう。

 キーボードを打つ文化で、人々は「人間」と会わなくなった。

 キーボードの文字変換機能に頼って、すっかり「漢字知らず」になった日本人は、やがて「人間知らず」になってしまいそうだ。

(毎日新聞東京版9月28日夕刊掲載)


花博に行こう!

 あと20日ほどになった静岡県「浜名湖花博」。ここだけの話だが入場者データなるものを見せてもらった。

 初日の4月8日(木)曇りのち晴れ。入場者2万370人。ボランティア参加者177人。駐車台数は乗用車1954台、団体バス1 90台。車椅子貸し出し51台、迷子1人……。初日の出足はまずまず。この週の土日、入場者は3万5000人を超え、25日目の5 月2日(日)には7万2938人に達した。

 静岡県の人口が380万人だから少し高望みだが「500万人突破」の目標も夢ではない。何しろ、かつて例のない6000品種・50 0万株の草花。アンケートでも、お客さんの80%が「もう一度見たい」と答えていた。

 ところが、学校の夏休みに入った途端、入場者がガクンと落ちた。7月20日(火)1万1408人。前日のほぼ半分。そして、翌日 には、ついに1万人を切ってしまった。

 原因は? 20日はとてつもない熱波だった。東京の大手町で39・5度を記録した、あの日である。これを境に入場者は下降線。熱 波が人間の行動を明確に制約する。目標500万人は怪しくなった。

 地球の温暖化は間違いなく進行している。このままの速度で二酸化炭素が排出されれば、地球の100年後の平均気温上昇は1・4度 から5・8度。もし高い予想値が現実になったら、ある地域では草花はもちろん、人間の生存だって怪しくなる。事実、03年、フラン スでは熱波の影響で3000人が死んだ。

 入場者データを見た9月16日、会場では全国都市緑化祭が開かれ、地元の小学生が秋篠宮さまと共に、記念植樹にはしゃいでいた。 が、彼らが大人になったころ、地球環境はどうなっているのだろう。

 熱波が収まり、9月中旬になって入場者数は再び上向いた。「500万人突破」はギリギリ?

 10月11日閉幕。コスモス65種類、サルビア90種類、カンナ60種類、キク70種類……新たに登場する秋の花たち。

 ボランティアを含め約2000人のスタッフは「温暖化の行方」を心配しながら(心配するからこそ)花を愛する人々の来訪を最後ま で待っている。

(毎日新聞東京版9月21日夕刊掲載)


「引退の広瀬」

 「引退の広瀬」と呼ばれる男が引退する?と聞いて会いに行った。

 昼下がりの東京・赤坂、TBSの1階喫茶室。小柄な、でも猛烈にエネルギッシュな中年男が笑顔を振りまいて現れると、誰彼となく 会釈する。大変な“顔”である。

 広瀬隆一さん。何者なのか。

 「広瀬さんはサラリーマンなんですか」とぶしつけな質問から始めた。

 「れっきとしたTBS子会社の社員ですよ。でもサラリーマンになったのは10年ほど前かなあ……。学校時代からモータースポーツ・ ジャーナリストで飯を食っていたんですが、1964年、日本初のF1を取材するためTBSに出入りしたんです。そのうちに『奇麗な女 優に会いたくないかい?』と聞かれて『ハイ、会いたいです』と答えたら『君は芸能畑が似合ってる』と言われて……」

 広瀬さんは歴代の編成局長と番組宣伝業務の個人契約をした。その日から37年間バンセン一筋。「この仕事は放送記者に気持ちよく番 組の紹介記事を書いてもらうこと。記者さん、それぞれに、切り口の違うネタを用意するんです」

 ドラマの視聴率は、放送当日の朝刊ラジオテレビ欄に紹介コラム(例えば毎日新聞の「視聴室」)が掲載されるかどうかが、微妙に影響 する。10年前「TBSの人間になったら」と誘われ、50歳で初めてサラリーマンになった。

 担当した番組。「時間ですよ」「ザ・サスペンス」「8時だよ!全員集合」「どうぶつ奇想天外!」……など1241作品。ギネス級 だ。

 タレントの人生相談を受けることもあるし、タレント、記者と酒を飲んで、家に帰らないこともある。

 「引退の広瀬と言うのは?」

 「山口百恵、都はるみ、アリス、ピンクレディー……引退特番はみんな僕が担当したからでしょう。百恵の時は記者が400人。タレン トに、厳しい質問をかわす知恵を教えたりしてね」(笑い)

 9月9日、彼は60歳の誕生日を迎えた。定年退職。「NPO法人を作って、殺陣、お経、乗馬、手話……他人より優れたスキルを登録 すれば、誰にでもドラマの仕事がやってくる仕組みを作るんです」

 広瀬さんに「引退」はなかった。

(毎日新聞東京版9月14日夕刊掲載)


結婚!と言われて

 ある朝、隣の家に嫁いでくれ、と言われた。仰天した。しかも、親に言われたわけではない。新聞で知った。 うすうす婚期が迫っている、と覚悟していたが、なぜ「隣の家」なのか、説明してくれ!……UFJ信託銀行の行員は、 そんな気持ちだった。

 東京・丸の内のUFJ信託銀行本店の隣にライバルの住友信託銀行本店がある。UFJグループが3000億円の資金欲しさに、 信託部門を「隣の家」にたたき売った。行員たちは傷ついた。ある行員は 「せめて業務提携している三菱信託銀行なら分かるんですが」と困惑げだった。

 「結婚準備」が始まった。取引先を法人、個人に仕分けする。法人はUFJ銀行、つまり実家に残す。 個人は住友信託銀行に移す。法人、個人両方で融資を受ける向きも多いので「嫁ぎ先」の 行員も加わって深夜まで仕分け作業が続いた。

 ここだけの話だが、住友信託側が「通行証」を出す、と申し出た。嫁ぎ先の社屋に自由に出入り出来る。 「両社の本店をつぶして、ここに超高層の本社ビルを建てたら」なんて話が出た。「新居の夢」は傷ついた行員を癒やした。

 そして、取引先に正式に「結婚」を説明しようとした寸前、まさかの「破談」がやって来た。 この時も彼らは新聞で知った。UFJグループと三菱東京グループが結婚する。

 それから先は、もうハチャメチャ。裏切られた「隣の家」が裁判所に訴えるのは当然だが、 三井住友グループが新・嫁ぎ先に名乗りを上げる。これから何が起こるか! 行員、取引先、その家族……は震える。

 これほど、当事者(UFJ信託)の意思決定が無視されて良いのか。

 結婚(合併)はバラ色ではない。新聞が「○○額世界最大の××が誕生」と書くが、負債額も最大規模に膨らむ。 「合併でいらなくなった」という理由で“大量首切り”。勝ち組が業界第一の座を奪う野望。陰で糸を引く「結婚相談所」 (金融庁)は雲行きがおかしくなると「ご両家(民間)のこと」と逃げ口上。合併は経済的責任、社会的責任、環境的責任が整ってこそ可能なのに……この無責任!

 小泉マル投げ金融政策の断末魔。悲劇は連鎖するかもしれない。

(毎日新聞東京版8月10日夕刊掲載)


まるでチルドレン?

 実家が料亭を営んでいた東京・柳橋(やなぎばし)かいわいは、江戸後期から東京で一、二を争う花柳界だった。

 戦後の高度成長期。一時隅田川に流れ込んだ工場廃水が異臭を放ち、料亭街は廃れたが、80年代までは“夜の自民党本部”だった。

 料亭にはそれぞれ贔屓(ひいき)筋がある。官僚派は××楼、党人派は××亭。政争の隠れた戦略本部になる。

 マッサージ師だった女性は「うつぶせの角サン(田中角栄元首相)の背中に乗って足で胃のツボを押すと眠ってしまう。 そこで次の料亭に行くと、福田(赳夫)さんが待っていた」と角福戦争の当時を思い出す。そのぐらいだから、 料亭はいや応なしに「権力」とつながる。某航空機疑惑の最中に、老舗の若主人が謎の自殺を遂げたこともあった。

 僕の戸籍上の母(叔母)は、この街では少数派だった。「学者、医者、長者と付き合え。芸者、役者、記者と付き合うな」 が口癖だった。芸者、役者と親しくなれば金が掛かる。無理な金作りは身を滅ぼす。「記者は何でも嗅(か)ぎ回るから嫌いだ」

 「じゃあ、政治家は?」「イナダイかい。威張ってばかりの子供だから大嫌いだ」。ここだけの話だが、母はイナダイ、 つまり「常識のない田舎代議士」は座敷に入れなかった。

 料亭の一室で、1億円小切手の数字を確かめてからポケットに入れたご仁が、一国の総理大臣だった。

 人間を優劣、上下、勝ち負け……の尺度でしか考えられない「子供みたいな大人」。そんな2世議員が1億円もらって 「記憶がない」と言い張る。「選挙区は出馬辞退」と引き換えに、検察の“お慈悲”を請いながら「比例は良いでしょう?」

 ああ、何というガキの倫理観。

 アダルトチルドレンは「機能不全家族の中で育った子供(大人)」だそうだが、常識のない政治家は 「機能不全のマスコミ」が育てた。

 Newsweek日本版8月4日号は「おかしいぞ!日本のマスコミ」で、“なれ合いジャーナリズム” を外国人記者が厳しく批判している。なぜ、権力者の矛盾だらけの言い訳を許してしまうのか。

 「ワイロの舞台」も、陰に回れば「政治家と記者は大嫌い」と笑っている。

(毎日新聞東京版8月3日夕刊掲載)


(白)骨折り損の…

 漬物が大嫌いだ。においをかいだだけで逃げたくなる。

 京都のバスツアーに参加したら、大変なことになった。お城の前の漬物屋に寄るという。 お城がコースに入っていないのに……なぜだ!

 バスを降りると、あのにおいが店先に充満している。急いで“退避”すると、ガイドが「こちらですよ」。  「苦手なんだ」と手を合わせる。  「買わなくてよいんですよ。でも一応、店に入ってもらわないと」

 「漬物屋に行くなんて、案内書に書いてないじゃないか」とイチャモンをつける。 「そんなことありません。ここに“土産の時間もたっぷり”と書いてあるじゃないですか……ネ」と彼女、にこやかに笑った。

 たっぷり?って、これか? エイ! 何も言うまい。鼻をつまんで店に飛び込み、すぐ飛び出した。 その後は……炎暑の中、一人、たっぷりと?舗道に立ち続けた。

 なぜ「旅の終わりは漬物屋」なのか。旅行会社の知人に聞くと……。

 「あの漬物屋は、どの旅行会社のどのツアーが、1人当たりいくら土産を買うか、データを持っている。 その実績で旅行会社に払うリベートの額を決める。ここだけの話だが、飛行機代より安い、 うそのような北海道格安ツアーが実現するのは土産屋のリベートがあるからなんだ」

 なるほど。どんな業界にも、許容スレスレのカラクリがあるものだ。

 長野県安曇(あずみ)村・白骨(しらほね)温泉。売り物の「白濁の湯」が濁らなくなり、 8年前から草津温泉の入浴剤を入れて「魅惑の乳白色」を演出していた。このカラクリが突然、発覚した。 村長さんは辞任。県知事さんは「抜き打ち検査で犯人を捕まえた」と手柄話を披露する。 いつの間にか「疑惑の湯」は大ニュースになった。

 だが、それほどの大事件なのか?  身体に有毒というわけでもない。日本全国、冷たい温泉をガスで沸かしている旅館は幾つもある。 「白骨プラス草津の湯」もオツなもの、と笑い飛ばすのが「おとなの度量」。

 “巨悪”と対決せず“巨悪”を平気で眠らせる人々が「疑惑の湯」でハッスルする。日本は妙だ。正義の報道?が 「(白)骨折り損のくたびれ儲(もう)け」にならなければよいのだが。

(毎日新聞東京版7月27日夕刊掲載)


スリ替え語講座?

 「小泉純一郎です。11日の参議院選挙では、自民党は議席を2減らしましたが、与党全体では60議席を獲得し、 参議院においても全(すべ)ての委員会で与党が過半数の議席を維持することができました」

 見事な書き出しですね。今日は、この「2004年7月15日発行、小泉内閣メールマガジン第148号」を教材にします。

 まず「2減」という言葉、いかにも「最小の減」という印象じゃあありませんか。 もし「選挙区では民主2193万対自民1969万。その差は230万票」なんて書いたら、大敗したと見破られます。 まして「比例区の差は440万票」なんて書いたら……責任を取らされる。そこでサラッと「2減」と書きます。 後は「全ての」「過半数」「維持」というプラスイメージの言葉を配置します。最後の「できました」。 「皆様のおかげ」と頭を下げる姿勢です。

 次が肝心です。「年金、イラクなどに対する強い批判の中で、与野党がほぼ同数という結果になったことは、 野党の声にも耳を傾けて(A)『構造改革をしっかり進めよ』という国民の声と受けとめ、改革を促進していきたいと思います」

 これ、ヘンじゃありません?

 そうです。(A)の部分に入る言葉が消えている。(A)は「年金、イラク問題を再度、議論します」でしょう。 これを平気で削りました。そして、一気に、誰もケチの付けられない「構造改革」という言葉を持ってくる。 「抵抗勢力」を多用した、あの手法です。

 「来週、韓国の済州島を訪問し、ノ・ムヒョン大統領と打ち解けた雰囲気の中で話し合います」

 この一文、最高です。明るいイメージです。もう選挙なんて過去のコトと思わせます。ここだけの話ですが、 小泉さんは首脳外交がうまいとは思いませんが……。「(両国首脳は)打ち解けた雰囲気で(話し合った)」 が正しい慣用句ですが、主語を削り、過去形の動詞「話し合った」を無理やり「話し合います」の未来形に変えた。 「打ち解けた」という言葉に拘(こだわ)り「成功が約束されている未来」を演出する。お見事!

 小泉さんは天才です……では今日の「スリ替え語講座」を終わります。

(毎日新聞東京版7月20日夕刊掲載)


被害者の人権

 あの男が……週刊文春(7月15日号)を読んでがくぜんとした。

 あの男が15年たって、また「逮捕監禁致傷」の容疑で逮捕されたと報じている。許せない。

 1988年11月25日夜、アルバイト先の工場から自転車で帰宅する17歳の女子高校生に 男が言いがかりをつけた。自転車をけり倒す。そこへ別の男が現れて、少女を助ける。少女は“善意の男”のバイクに乗せてもらった。

 しかし、2人の男はグルだった。彼女を東京・綾瀬の民家に連れ込み、新たに2人の仲間が加わって、殴りけり、 毎夜、集団強姦(ごうかん)した。食事はろくに与えず、体にライターで火をつける。壮絶な暴行は41日間続く。 少女は衰弱死した。男たちはドラム缶とセメントを盗んで来て、遺体をコンクリート詰めにした。

 15年前の綾瀬コンクリート詰め殺人事件。あまりの惨(むご)さに泣いた。人間に、こんなことが出来るのか。 野獣だ。4人を極刑に!と思った。少女の親だったら、やつらを引き裂いても許さなかったろう。

 4人は何と16歳から18歳の少年だった。少年法が「野獣」に味方する。当時、サンデー毎日の編集長だった僕は あえて彼らを「野獣」と書いた。

 それが、世に言う「人権派」を刺激した。「加害者の人権を無視している」というのだ。彼らの集会に顔を出せば、 つるし上げを受ける。当時、人権は錦の御旗(みはた)。ここだけの話だが、オウム報道で知られるライターの江川紹子さんでさえ 「加害者の人権を無視しているのではないか?」と取材に来られた。僕は「野獣としか表現できない」と応えた。

 被害者の人権はどこにあるんだ!

 それから15年。少年刑務所に送られたサブリーダーの「あの男」は出所して、今年6月4日、また逮捕監禁致傷の容疑で逮捕された。 「野獣」は少年法をあざ笑うように……。

 あの少女の親は何と言うだろう。

 この7月、サンデー毎日は、あのころ、活躍した越川健一郎を編集長に迎えた。彼は初めての編集長後記で 「キーワードは健全な懐疑主義で行く」と書いた。「守らなければならない人権」とは何なのか。 懐疑する編集長に一言。週刊文春には負けるなよ!

(毎日新聞東京版7月13日夕刊掲載)


覚悟

 前回、ちっぽけな「覚悟」をして、こんな話を書いた。

 ある国の王室美術展。絵が不得意なシンデレラは高名な絵描きに“手”を入れてもらい、素晴らしい作品を出品した。が、その一部始 終を柱の陰の女官が見ていた。その翌年、高名な絵描きに王室から“お召し”はなかった。シンデレラは大ピンチ!……うなされて目が 覚めた−−と書いた。題は「梅雨の夜の夢」である。

 覚悟した通り、複数の読者から「チンプンカンプンでまるで分からん!」とおしかりを受けた。舌足らずで申し訳ない。それでも「あ の一件、上手に書いたな」とほめて下さった方もいる。

 「ある国」では、シンデレラにインタビューするなんて、まず無理。「これは事実」と思っても、完全なウラが取れない。それに…… 歴史を最初にデッサンするのが仕事だと言っても、善意の人に迷惑をかけてまで「王室官僚の意地悪」をストレートに書くつもりはない。 そこで……ここだけの話、ちっぽけな覚悟で「おとぎの夢」を書いてしまった。

 それぐらいなら、匿名でネットに書けばよい、と言う人もいる。

 ウィンドウズ95が発売された1995年を「インターネット元年」と言うから、今年は「ネット10年」。誰もが匿名・無料で発信 できる電子掲示板は「究極の平等社会を作る道具」と持てはやされ、市民権を得た。マスメディアがネット情報の後追いをしたことも度 々ある。

 しかし、いま、巨大電子掲示板「2ちゃんねる」をのぞくと、そこは誹謗(ひぼう)中傷、バッシングの渦。匿名氏がネットに“共通 の敵”を設定してバッシングを繰り返す。イラク人質事件でも小泉再訪朝でも……。

 匿名は暴力性を露呈する。自分は安全地帯にいて「言葉という凶器」を振り回す。「覚悟」がないから、何でも書ける。

 言葉が刃物になることを知りつくす聡明な皇太子が、あえて「雅子妃のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と話された。 これが「覚悟」と言うものだろう。「自衛隊が多国籍軍に入っても、今までと同じ」と涼しい顔の小泉さんにも、それなりの覚悟?

 「覚悟」の中身が気になる季節だ。

(毎日新聞東京版6月29日夕刊掲載)


梅雨の夜の夢

 王室の美術展が近づいていた。王様も、お妃(きさき)も、第1王子も、第2王子も、絵を描いて出品する。

 シンデレラは悩んでいた。歌も、踊りも得意だが、絵は大の苦手だった。夫の第1王子に「私には、皆様のように上手に描けない」と 打ち明けた。「大丈夫だよ。絵の先生が教えてくれるから」

 絵の先生は、その国で一番高名な絵描きだった。「伸び伸びと、好きなように、お描きになればよろしいのです」と白髪の絵描きは言 った。 伸び伸び? 本当なの?

 王子と結婚してから、シンデレラは一度も伸び伸びすることなんてなかった。伸び伸びと歌ったことも、伸び伸びと踊ったこともない。

 「好き勝手に描けば良いの?」とシンデレラは尋ねた。絵描きがうなずいたので、シンデレラは一番好きな花を、一番好きな色で描い た。子供が描いたような素朴な絵が完成した。

 「お上手でございます。私は、こういう絵が大好きです」と絵描きはシンデレラを喜ばせた。「でも……このままでは、貧乏人の私は 王子様から、お駄賃がもらえません。この絵に、手を入れることが許されれば、お金がもらえるのですが……」

 高名な絵描きが貧乏人? ヘンだな、と思いながらも、優しいシンデレラは「もちろんです」と答えた。 「それでは……この線を… …」と絵描きは、そっと絵筆を走らせた。 と、どうだろう。

 絵柄は勝手に踊り出し、瞬く間に、その絵は傑作に生まれ変わった。

 ここだけの話だが、その一部始終を柱の陰に隠れて、意地悪な女官が見ていたのに、シンデレラも絵描きも気づかなかった。

 王室の美術展でシンデレラの絵は評判だった。王子は大いに喜んだ。 翌年、また美術展が近づいた。

 絵描きは不安だった。「シンデレラの絵に手を入れてあげなければ……」。しかし、なぜか、彼に王室から“お呼び”は掛からない… …。

 シンデレラは大ピンチ!

 うなされて目が覚めた。暑苦しい夜、半端な記者は、高貴な世界でも、下々の世界でも、どこにでも転がっている「嫉妬(しっと)と 意地悪の夢」を見る。おとぎ話の結末は……。

(毎日新聞東京版6月22日夕刊掲載)


六ケ所村の風

 青森県六ケ所村に行った。3度目である。

 山背(やませ)が吹いていた。寒冷雨気の北東の風。一面、厚い霧に包まれる。別名・餓死風……8月まで続く。

 前回は2000年12月だった。核燃料サイクル施設の一つ、再処理工場の建設が始まり、日本中から大型クレーンが結集していた。 あの日は、凍えるような寒さだった。

 村が核燃料サイクル施設を受け入れたのは、この気象条件と無縁ではない。餓死風で、農作物は限られる。「豊かな土地」とは言えな い。

 だからと言って「原子力」のために家代々の土地を手放す人はいなかった。「原子力は悪魔だ」と言う人もいた。粘り強い説得に応じ たのは「国策」と認識したからだろう。

 島国・日本はエネルギー資源の96%を輸入している。今後、中国の爆発的需要増大。争奪状態になる。

 しかし、原子力発電所の使用済み核燃料のうち、処分すべき廃棄物は全体の5%以下。残りのウランやプルトニウムはリサイクル出来 る−−「国策」はこう説明された。

 立地申し入れから20年。再処理施設の約95%が完成していた。近くのウラン濃縮工場には年に25回、IAEA(国際原子力機関) の査察が入る。ここだけの話だが、この濃縮技術を悪用すれば原子爆弾も出来る。抜き打ち査察を経て、核兵器保有国以外で日本だけが 商業規模の再処理を国際的に認められた。

 ところが、やっと再処理の本番……という段階になって、風向きがおかしくなった。この春、永田町、霞が関に「ウランの国際価格は 安定している。再処理は中止!」という意見が飛び出した。コスト計算は短期か、長期か、で判断は分かれる。

 安全確保がすべてである。安全が確保されたうえでの議論は結構だが、コスト主義だけの「中止!」には疑問を感じる。

 この国には、食糧にも、エネルギーにも「安全保障」の視点がない。同盟国の言いなりに軍事力を派遣すれば(つまり軍事安保で) 食糧もエネルギーも確保されるとでも思っているのか。それこそ平和ボケ!

 すべてコスト、コストで判断する風潮。いつか日本という国に“餓死風”が吹くかもしれない。

(毎日新聞東京版6月15日夕刊掲載)


その数字は印籠?

 森喜朗前首相はサービス精神の人間である。新聞記者が夜回りに来れば、それなりのネタを提供する。結婚式に招かれれば、ご両家を 褒めちぎり「それに引き換え、新郎新婦はヒヨッコ。皆さんのお力で……」と頭を下げる。ここだけの話だが、某テレビ局員の結婚式で 10回も爆笑を誘った森スピーチには舌をまいた。

 00年5月15日、彼は神道政治連盟国会議員懇談会結成30周年祝賀会で「我が国は天皇を中心にしている神の国」とあいさつした。 身内? のお祝いで口が滑った大サービス。内閣発足時の世論調査では約40%あった支持率は半分に急降下した。

 01年2月10日午前8時47分、ハワイ沖で宇和島水産高校実習船「えひめ丸」が米原子力潜水艦に衝突。この時、ゴルフ場の森さん はプレーを続け、官邸に戻ったのは午後2時16分。“周辺”に対するサービス精神がプレー中断を許さなかった。支持率は10%弱。 森内閣は崩壊した。だから後継の小泉純一郎首相は徹頭徹尾「世論調査」を研究したのだろう。

 例えば……世論調査はうそをつく。「選挙に行く」と答えた人が実際には行かない。設問の違いで結果が違う。「○○職員が××したの を支持しますか」という設問を「○○官僚が」と変えただけで、結果は変わる。人々は特定の言葉に情緒的に反応する。電話の調査では 在宅の可能性で男女差が出るし、いつ実施するかのタイミングで、結果が逆転する。

 にもかかわらず、マスコミは世論調査に追随する。「この印籠(いんろう)が目に入らぬか!」と水戸黄門の葵(あおい)の紋所のよう に世論調査の数字を突きつけられると、識者の意見も霧散する。

 小泉さんは世論調査を味方にするコツを覚えた。ある時は田中真紀子さん、ある時は安倍晋三さん、ある時は帰国する拉致被害者……情 緒に訴えるスターを次々に登場させる。不特定多数に対するサービスが勝負の分かれ目。最近では「拉致家族会に苛(いじ)められる首相 」まで登場した。

 小泉さんはさらにサービス精神に磨きをかけるだろう。でも……「偏差値は上がったけれど、何の役にも立たない大人になってしまった」 と嘆く“優等生”がごまんと居る。数字は時に「虚構」なのだ。

(毎日新聞東京版6月8日夕刊掲載)


お宝イロイロ

 子供が骨とうに興味を示すなんて……テレビ「開運!なんでも鑑定団」(テレビ東京系)が登場するまで考えられなかった。

 焼き物、掛け軸、壺(つぼ)、マニアもの……「お宝」を持って依頼人が登場する。「800万円は下らないケヤキの巨木と交換した 掛け軸です」

 そこで、司会の島田紳助さんが「本人評価額は?」と声を張り上げる。「応挙の作と言うから5000万円!」と依頼人は自信たっぷ りだ。

 おもむろに、その道の達人が天眼鏡?を取り出す。結果は大型の電子計算機に表示される。スタジオが息をのむ。一の位から0、0、 0、1、……ヘッ、1000円!? 鑑定人が気の毒そうに「偽物です。印刷ですよ」。スタジオは大笑い……と他愛もない番組だが、 中にはアッと驚く国宝級が発見されることもある。テレビの前の子供が「うちにはお宝ないの?」。大人も「もしかして、我が家にも ……」と家捜しが始まる。

 電力マンの知人が勤め先の地下倉庫に古いフィルムが眠っているのを発見した。映写機に掛けると関西電力の前身・京都電燈株式会社 本社、つまり現・関西電力京都支店の建設を一部始終撮影している。戦前の昭和10年起工。何もない京都駅前に高さ31メートルのビル を建てる。機材を馬車が運ぶ。地下水があふれ、工事は難航する。その辺は想像できたが、驚くことが次々に記録されていた。

 あふれる地下水は冷暖房に使い、何と重役室は今大流行の床暖房になった。軍人から舞妓(まいこ)さんまで招待された昭和12年6 月の竣工(しゅんこう)式では、電気自動車が試験運転された。67年も前に、電気自動車があったのだ!

 これは宝だ。お金に換えられない宝だ。ここだけの話だが、フィルムはお宝ビデオに再編集された。

 お宝イロイロ。

 幼稚園児が「うちのお宝は、おばあちゃんでしゅ」。ひょっとするとお世辞かもしれないが、うれしいじゃないか。宇都宮で44時間 立てこもった末、女性とピストル心中した暴力団員は「こいつはおれの宝物なんだ」とうそを言い続けた。

 「宝」って何だろう。

 ただ……日本国の宝は日本人。これだけは、小泉さんに忘れてもらいたくない。

(毎日新聞東京版6月1日夕刊掲載)


仮想の限界

 新緑。薫風。緑のじゅうたんを敷き詰めた新潟競馬場の名物「直線1000メートルの芝コース」には、 どこから迷い込んだのか、くり色の子リスが気持ち良さそうに駆け回っている。

 その芝コースで、JRA史上最高配当155万円馬券が飛び出したのは5月15日のメーンレースだった。 4番人気の馬が勝って、単勝の配当は1000円。「大穴」というほどではないが、16番人気、 14番人気の馬が2着、3着に入り、1着2着3着の3頭を着順と関係なく当てる「3連複」では 155万5450円。上を下への大騒ぎになった。

 100円玉が一瞬にして155万円。1000円で1555万円を手にした人も登場した。中古ならマンションも買える。

 「3連単」ならいくらになるんだ?

 今年の夏からJRAは1着2着3着を着順通りに当てる「3連単」という新馬券を発売する。 もし、その3連単だったら……ここだけの話だが、単勝、3連複の売り上げから、 3連単の的中仮想配当金を計算する方程式が存在する。E=Q1×W1/(W1+W2+W3)…… 物すご〜く長〜い方程式の説明は省くが、この方程式で計算すれば、このレースの3連単配当は664万5760円。 100円玉が664万円だ。

 もし1着2着3着が入れ替わった場合は……ひぇ〜!

 2億4576万130円。億ションが2軒も買える。

 しかし、である。この数字は意味がない。方程式は2億円馬券は1枚しか売れない、 と答えているが、実際には、オッズを見ながら「超夢馬券」を必ず、1枚だけ買うファンがいる。 もし、もう1人買ったら配当は1億2238万円になる。もう2人、買ったら……仮想はしょせん“仮想”なのだ。

 参院選まで1カ月半。各政党は昨年11月の衆院選の得票数などを基に仮想得票を計算している。 邪推すれば、小泉さんは「拉致被害者の家族帰国」も方程式に入れて、計算しているかもしれない。 でも、有権者の多くが「外交を選挙に利用した」と思ったら、方程式の答えは……勝負はげたを履くまで……。

 そうそう、5月最後の日曜日30日は東京競馬場でダービーだ。
(毎日新聞東京版5月25日夕刊掲載)


待った!と言える人

 毎日新聞社も大組織だ、と痛感することがある。例えば……同僚が亡くなる。職場の掲示板に訃報(ふほう)が張り出される。 「エッ、あの人が……」と絶句することもあるが、面識のない人物の死が圧倒的に多い。

 「56歳? 若いなあ。広告局連絡部? どんな仕事をしていたんだろう。敗血症? きっと忙しかったんだ。でも、穏やかな顔だな ぁ」と顔写真を見て、勝手な想像を巡らして合掌する。ここだけの話だが、一度も声を掛け合うこともない社員同士が、こんなふうに別 れる。

 ところが、今回は違っていた。亡くなった東京本社広告連絡部のOさんが「待った!の達人」だった、と教えられたからである。

 1985年、被害者3万人、被害総額2000億円の豊田商事事件。この詐欺師集団は社名を変えては、新聞に広告を出そうと暗躍 した。アタッシェケースに札束を詰め込み、新聞社にやって来る。広告の事前審査一筋のOさんは、それらしい広告が持ち込まれると、 謄本をはじめ、ありとあらゆる書類を照査して「怪しい広告」を焙(あぶ)り出す。

 その広告、待った!

 周囲から「厳しすぎるのでは……」という声が上がっても、彼は頑として掲載を拒絶する。同僚が集めてきた広告を情け容赦なく掲載 拒否。恨まれたかもしれないが、この地道な調査活動がなかったら、我が社は読者の信頼をなくしていただろう。彼の一生は悪徳商法と の戦いだった。

 新聞社だけでない。大きな組織を守るためには「待った!」と言える「黒衣」が必要なのだ。

 単なる思い違い、過失なのに、まるで鬼の首を取ったように追及する年金未納騒動。子供でもしない戦争ゴッコを繰り返す政党に 「待った!」という黒衣がいないのか。

 「未納3兄弟!」と居丈高に攻撃した民主党は党首の未納発覚で真っ青。前もって未納リストを入手していた自民党は先手を打ったが 「総理大臣も怪しい」と言われギャフン。揚げ句の果て「拉致事件解決で再訪朝」という切り札を切らざるを得ない。

 待った! 外交を内政に利するな!と言える黒衣は、今の日本にはいないらしい。

(毎日新聞東京版5月18日夕刊掲載)


第1章は「天皇」

 “拝謁(はいえつ)”とでも言うのだろうか。以前、一度だけ、天皇陛下とお話しする機会を得た。

 何を話してよいものなのか……迷った末、たわいのない趣味の話題を選んだ。当方の質問に陛下はほほ笑んで「ここだけの話」を披露さ れた。へぇー、そうなんだ! 僕も笑った。

 短いやり取りが終わった直後、宮内庁の方がやって来た。「ご存じでしょうが、陛下とのお話は他言できません」。そこで、たわいのな いやり取りは封印された。

 書きたいことが書けない。ストレスがたまる。が、そんな些細(ささい)なことで不満を言っては申し訳ない。天皇陛下は日々、ストレス を隠し、公務に専念されている。例えば……“好き嫌い”を一切、口になさらない。お好きなケーキを話したら、そのケーキの広告塔にな ってしまう……なんてこともあるかもしれない。しかし“好き嫌い”が言えないだけでも、人間はストレスがたまるだろう。

 昭和天皇が、自ら神格性を否定して「人間天皇」を宣言された1946年1月1日。その宣言を前提に日本国憲法は翌年、施行された。

 「第1章 天皇 第1条 天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づ く」で始まる条文は、読めば読むほど「天皇」に“神業”を要求している。

 皇位は世襲。国事行為は内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負う。国政に関する機能を有しない……「天皇」は、この世 で一番「自由を持たない人間」なのだ。

 2004年の憲法記念日。新聞各紙は「憲法9条」に関する社説を掲載した。が、ほとんど天皇制には言及しなかった。国民の多くが 「これがベスト」と思っているからなのか。

 実に僭越(せんえつ)極まりない“物言い”ではあるが、日本は天皇ご一家の限りない犠牲の下で「安定」を享受している、と思う。 それは「最小の犠牲」で「最大の幸福」を得ようとする現憲法の知恵なのだろう。

 「象徴天皇制」と「戦争放棄」はリンクする。が、なぜか、今、人々は「第9条」だけを俎上(そじょう)に載せる。天皇陛下はどう 考えていらっしゃるのか……それにつけても、雅子さまのご病状……心配でならない。

(毎日新聞東京版5月11日夕刊掲載)



出世払い

 相談相手の弁護士さんは、酔いが回ると「外交官になるつもりだったんだが、それが三百代言になっちゃった!」と愉快そうに話す。

 ここだけの話だが、弁護士さんの親友は現・駐米大使。2人で切磋琢磨(せっさたくま)して外交官試験を目指したが、彼は途中で 司法試験にくら替えした。何となく、後ろめたさがある半面、親友の国際的活躍が誇らしい。そこで自分が選んだ職業を「三百代言」 と卑下する。シャイなんだろう。

 「三百代言」の語源には諸説ある。代言業は一事件三百文が相場だったという説。按摩(あんま)の治療代が三百文。按摩も代言業も 「さすったりもんだりする」から……という珍妙な説。「三」には「程度が低い」という意味があって「三文文士」と同じ類(たぐい)。 「こじつけの議論をする安代言」という意味らしい。弁護士稼業も当初は必ずしももうかる仕事ではなかった。

 ところが、である。今や「三百代言」はこの不安定な世の中で、涎(よだれ)の出そうな人気職業になっている。

 4月、法科大学院がスタートした。合格率3%の狭き門・司法試験の門戸を少し広げる試みで、全国68校に総出願数約7万件。 併願があるので、実際には約3万人が受験した。大変な人気である。

 特に目立つのは、医師、公認会計士、薬剤師、教師など、既に資格を持った社会人の受験。11人の医者が合格した法科大学院も ある。法曹は「究極の資格」なのだ。

 早くも“特権”が生まれた。法科大学院の学費は国立大学法人の場合(標準)78万円、私立150万〜200万円。カネが掛かる。 そこで「法科大学院ローン」が登場した。これまでの教育ローンは親権者が融資を受けるが、こちらは学生本人。無担保、無保証人で 借りられる。

 一例を取れば、学費専用型は上限600万円、生活費も借りる生活対応型は上限1300万円。猛烈に勉強するのでアルバイトが出来 ないから生活費も貸す。年利9%(保証人がいれば4%)。司法試験に受かれば5%(保証人がいれば3%)に軽減される。返済は進路 が決まってから。いわば“法科大学院合格”が担保。しかも、出世払い!

 新しい職業差別!と文句を言う弁護士さんはいないようだ。

(毎日新聞東京版4月20日夕刊掲載)



「抜てき」にも陰謀?

 ここだけの話だが、某銀行の「人材評価シート」なるものを“入手”した……と書けば大げさだが、所属長に抜てきされた? 知人が、何度もタメ息をつきながら「外部に見せてはいけないんだけれど……」と差し出したマル秘文書である。

 業務実績の評価。期間収益拡大に貢献したか、金利、手数料、取引状況の改善に努力したか、経費の節減に熱心だったか…… 等々とチェックポイントが書かれている。(注・ニュースソース保護のため、内容は以下ワザと一部を変えて書く)

 「法人新規(融資取引)……目標○○社」「××収益○○百万円」「××比率……○○%→○○%」と目標が数字になっている。

 何しろチェックポイントが多すぎる。「心身・健康状態」はもちろん「生活態度に対する所属長意見」というところもある。 金銭面、賭け事、異性問題……まるで探偵のようにチェックしなければならない。

 「悪友(実は僕のこと)の誘いで一度、競馬場に行ったこともあるよな。あれもマイナスかなあ」と彼は苦笑いした。

 「性格分類シート」なるものがある。粘り強い、粘りがない、慎重、軽率、堅実、そこつ、派手、地味、多弁、寡黙……という 性格コードが60以上。所属長は部下の「特徴的なもの」をその中から選ぶらしい。

 「自分が多弁なのか、寡黙なのか分からない。気が弱いことは事実だが、ともかく自分の性格も分からないのに……他人の 性格評価なんて……」

 「いいかげんにやれば良いじゃないか」と言うと、「そうもいかないんだ。評価の悪い社員の○%がリストラの対象になるという噂 (うわさ)もある」

 「何でも言える自己申請制」を取っていると言うが、要するに厳しい成果主義が跋扈(ばっこ)している。

 「おれには合わない。自分が会社を辞めたい気分」と彼。

 社員100人以上の企業で部長になるのはわずか3・6%だという(旧労働省99年調べ)。彼、やっと部長になったのに…… 僕の大胆な推理。上司が彼を「気が弱い」と性格チェックした。そこで……今回の抜てき人事は「自己退社に追い込む陰謀」だった…… なんて考え過ぎか。
(毎日新聞東京版4月13日夕刊掲載)



勘違い

 2週続けて「ここだけの話」を休載した。「あの事と関係あるんですか?」と読者に質問された。

 「エッ? 何のことですか?」

 「週刊文春が田中真紀子さんの長女の私生活を書いて、出版差し止めになったでしょう。牧さんのコラムも、ちょっと 過激なので、自己規制したのでは……と思って……」

 確かに「政治家の人相が悪い」なんて平気で書いているから、その筋のブラックリストに載っているかもしれない。が、 これは大いなる勘違い。選抜高校野球で、夕刊の紙面が足らず、休載しただけである。

 「勘違いですよ」と大笑いしたが、それにしても、週刊文春の出版差し止め騒動の周辺は「勘違い」のオンパレードだった。

 例えば、問題の記事を読まない知人は「長女に出生の秘密でもあったのか」と勘違いしている。大体「独占スクープ」なんて 銘打ったのが勘違い。「誰でも知っている人の、誰も知らない重大事」が独占スクープ。今回は……長女の××話(プライバシー 侵害と言われると困るので伏せ字)。どこにでも転がっているから世間がアッと驚くことでもない。「独占スクープ」は過大広告の 類(たぐい)だ。

 長女は傷ついた、とは思う。が、この記事で回復困難な損害を受けたとなると……東京高裁は「差し止め」を取り消し、長女側も 不服の抗告をしない。文春側は「表現の自由の崩壊が瀬戸際で守られた!」と仰々しくコメントしたが、文春は勝った、というのは 勘違い。高裁は「プライバシーを侵害し、公共性も公益もない」と判断したから“完敗”である。

 政治家は公人、家族は私人だから……と解説する新聞。でも、その大新聞が閣僚の靖国神社参拝の度に「公人ですか、私人ですか」 と質問する。これはもう、恒常的な勘違い?

 「長女は政治家になる可能性があるから公人」という文春側の言い訳は、負けると知りつつ「勘違い」を偽装していると疑いたく なる。

 公人か私人か、の問題ではない。田中真紀子という影響力抜群の政治家を全人的に評価をするために、家族の私生活が「社会の 正当な関心事」になり得るかどうか、である。

 情報を独占する政・官に対峙(たいじ)する民の「知る権利」の問題なのだ。

(毎日新聞東京版4月6日夕刊掲載)



キサスキサスキサス

 「販売店に行ってもらう」と後輩の、でも今や上司の重役さんに言われた。新入社員研修で販売店に寝泊りした ことはあるが‥‥不安だ。

 販売店主は「1日10部、契約を取れ!」と命令した。

 エッ! これ、人事異動なのか。ここだけの話だが、30数年前の新入社員研修で、お屋敷町の「猛犬に注意」の 張り紙を選んで、呼び鈴を押した。猛犬に吼えられ、中からすまなそうに現れた奥さんに「新入社員です。お願いします」 と頭を下げて1日に36部も拡張した。優秀だった。記者より販売の方が合っているかな、と思ったが、今さら‥‥。

 周りを見回すと‥‥他社の記者もいる。有名人もいる。久米さんも筑紫さんも‥‥心配そうに「出来ないとクビだそうです」。 無理だ。困った。頭を掻き毟る‥‥そこで目が醒めた。

 ヘンな夢を見たのは、あの友人に会ったからだろう。

 「まず、実績のある仕事を奪うことから始める。絶対成功するはずがない仕事に換える。真綿で首をしめるように希望退職に 追い込む」

 外資系の会社に勤める友人は約一年間、リストラ担当を勤めたが、嫌気がさして自ら希望退職した。「自分で作った希望 退職制度でガッポリ退職金を貰ってネ」と皮肉っぽく笑った。その夜、夢を見た。

 成果主義導入で、成績の悪い10%がリストラされるところもある。見せ掛けの景気回復のために「負け組サラリーマン」 から雇用を奪う。高知競馬のスーパー連敗馬・ハルウララが国民的スターになったのは「負け組」の共感があったからだろう。 負けても、負けても、走り続けるウララと“リストラ寸前の亭主”をダブらして応援する主婦もいる。ところが、うれしいことに リストラされて強くなった馬が現れた。旧三井三池炭鉱の町・九州・荒尾競馬場のキサスキサスキサス。6歳(人間なら30歳 ぐらい)の牝馬は中央競馬で5戦全敗。リストラされて、荒尾に移籍した途端、向かうところ敵なし。現在24連勝。日本新記録の 29連勝に迫っている。

 「いたるところ青山あり」と思いたいのだが、彼女は“走る専門職”。場所が変わっても専門が変わらないから「リストラの星」 になれた。

(毎日新聞東京版3月16日夕刊掲載)



家族が秘書なら

 77年春、突然タレントの八代英太さんから電話がかかってきた。

 「相談がある」。その夜、さほど親しくもない八代さんを訪問したのは、彼がステージから転落して 車椅子生活になっていたからである。

 「参院選に出たい。応援してくれ!」。唐突だった。「他に応援してくれる人がいるんですか?」と 尋ねた。「います」。別室に2人の人物が控えていた。1人は彼の高校の同級生。もう1人は大石良蔵さん。  工務店を経営していた大石さんも原因不明の奇病で車椅子になっていた。黛ジュンのヒット曲「雲にのりたい」を 作詞した人物である。

 「障害者の議員を作る」と大石さんは力説した。床擦れのお尻を見せてくれた。骨がはみ出していた。僕は 「車椅子党」とネーミングして、立候補会見をセットした。

 カネがなかった。大石さんは元気なころの愛人(ここだけの話だが、5人もいた)にまで応援を頼み、 車椅子で獅子奮迅。泡まつ候補と言われていた八代さんが当選したのは本人の頑張りと、車椅子の仲間の団結が あったからだろう。清貧の戦い。八代さんは彼に「秘書になって」と頼んだ。

 ところが……しばらくして、車椅子の仲間から「奥さんが第1秘書。大石さんが第2秘書はおかしい」という声が 上がった。公設秘書給与に格差。「家族が秘書」に仲間は不満だった。でも八代さんにもカネはない。

 次の選挙で再選を果たした八代さんは「政策を実現するため」に自民党に移り、大石さんは秘書を辞めた。 秘書給与に仲たがいの火種だった。

 佐藤観樹善衆院議員のさもしい秘書給与詐欺事件。「家族が秘書」は廃止すると民主党の菅さんは宣言したが……。 議員が勝手に選び、勝手に首を切る「公設秘書」に、国が給与を支払う。どこかおかしい。弱小貧乏議員はこれまで「家族が秘書」 で資金を稼いできた。そして今、永田町で……貧乏議員、殺すにゃ、刃物は要らぬ、秘書リストを見ればよい……。

 殺される!と気づいた貧乏議員は政権党並みの企業献金集めに精を出すだろう。ワイロ性の高いカネを 集めるのが「秘書のお仕事」と信ずるプロ中のプロ秘書?にも、国は給料を支払う。秘書制度って妙だ。

(毎日新聞東京版3月9日夕刊掲載)



趣味は「新聞記者」

 自民党幹事長だった故二階堂進氏は「趣味は角栄」と言い続けた。

 人間・田中角栄が好きで、角栄的政治手法が好きで、それに命を掛けたい。好きで、好きで たまらないものがある人はうらやましい。

 テレもせず「趣味は女房」と胸を張る友人もいる。女房の尻に敷かれるのも、趣味と言えば趣味? ‥‥それに比べ、俺は無趣味人間、と恥じ入った頃、あの麻原彰晃教祖サマに「君の趣味は競馬」と 励まされた?

 1989年秋、サンデー毎日編集長の僕は「オウム真理教の狂気」というキャンペーンを開始 していた。宗教の仮面を被ったペテン師が悪さを繰り返していた。放置出来ない。

 ある日、本屋の店頭に「牧太郎の狂気」というヘンな本が並んだ。僕の悪口のオンパレード。 言われなき中傷ばかりだが「真実」らしいことが一つあった。<牧は競馬好き>。 メチャクチャ好き、 という訳ではないが、競馬場には通っていた。そこで、教祖サマは<趣味は競馬→競馬好きは最低な人間 →最低な人間が宗教弾圧をしている>と理論展開する。いかにもオウム流短絡。

 「ギャンブルは悪」と言うのは儒教の教え。多くの権力者が民衆支配に儒教を利用したが、人間という 動物が最初に覚えた遊びはモノを賭けること。好き嫌いは当然だが「賭け」は人間の本能の一つで、歴史 からなくなることはない。王族は民衆に隠れてカード遊びをした。

 昨年10月29日付けの毎日新聞朝刊「記者の目」欄で、僕は競馬ファンの主張を取り上げた。 「寺銭を下げろ!あこぎな国の商法に反対する」。競馬法を改正して、寺銭30%の新しい馬券を発売する 国家の策謀? に気づいたからである。

 寺銭はギャンブルの値段。価格破壊が進む中で、何故、馬券だけが値上がりするのか。履歴書に堂々と 「趣味は競馬」と書かない民衆の弱さに乗じる悪代官商法。許せない。

 二月中旬、多くの政治家が農水省案にOKして、国会に提出される寸前だった。僕の「記者の目」を 読んだキーマンが30%に猛反対した。ここだけの話でも、その人物の名前は言えない。が「30%案」 は消えた。小さな記事が法案を変えた。

 教祖サマに申し上げる。僕の趣味は新聞記者なのかも知れない。

(毎日新聞東京版2月24日夕刊掲載)



千里の夢

 編集局の机には「予定稿」なるものが隠されている。締切りギリギリの情報を紙面に突っ込む ために、あらかじめ「予定されるニュース」を原稿にして置く。これが予定稿。

 ここだけの話だが、有名人の死亡予定稿は山になっている。

 他人の死を予定するなんて不謹慎極まりないが、これがブンヤ稼業の辛いところ。もっとも「俺の 死亡予定稿を見せろ!」なんて言う政界の大物? もいるから、人間は面白い。 勿論、予定稿は 「死亡」だけではない。小雪がちらつく朝、茨城県美浦の“競馬村”に出張した。36歳の女性が 調教師試験に挑戦した。毎年100人以上受けて合格者が2、3人の狭き門。ことしは、19人の 二次試験合格者に残った。JRA初の女性調教師誕生?!

 こんな時、取材先は「合格してからにして」と言うものだが宇野千里さんは喜んで取材に応じて くれた。

 午前7時から始まった調教が一段落した昼下がり、宇野さんはお化粧気のないトレーニング姿で 現れた。

 「父が北海道浦河の獣医で、6歳の時、父に内緒で種牡馬にまたがったら馬が驚いて立ち上がった んです。でも、ちっとも怖くなかった」

 成城大学から馬術部のあるNTTに就職したが「どうしても本格的に馬に携わる仕事をしたい」。 親の反対を押し切って単身ニュージーランドに飛び、馬の育成を二年間学んだ。「これが全ての転機 でした」。女性と男性を対等に扱う国だった。

 帰国後、年齢制限ギリギリの28歳で競馬学校厩務員過程に入学した。いま、JRAに騎手、調教助手、 調教厩務員、厩務員あわせて女性は56人。全体の2%。女性の調教師はいない。「女性らしい、きめ 細かい経営をしたい」と6回目の挑戦だった。

 「結婚? 今は一人です」。「座右の銘は『鶏頭となるも牛後となるなかれ』」「千里? 父親がテスコ ボーイの英国遠征に同行した時、生まれたんで、祖父が『千里は離れている』と付けた名前です」とニコッ。

 翌日、合格発表。残念ながら「宇野千里」の名前はなかった。

 今、受験列島。誰もが夢を叶えるばかりではない。道は遠い‥‥でも‥‥僕は用意した原稿に「千里の夢」 と書いて、予定稿袋に入れた。

(毎日新聞東京版2月17日夕刊掲載)



お笑いマニュアル

 「悪がき」を先頭に小学生の一団がファミリーレストランに現れた。男の子が4人、女の子が2人。 4年生か、5年生か。もちろん、あどけなさが残っている。

 大柄のウェイトレスが大きなメニューを手に一団の前に立ちはだかった‥‥かのように見えた。 小学生なら学校帰りにゲームセンターに寄り道するが、ファミレスに現れのは珍しい。

 ウエートレスは「お金、あるの?」とでも聞くつもりなんだろう、と客席から眺めていた。

 立ちはだかったウェイトレスが無感動にこうのたまわった。「禁煙席ですか、喫煙席ですか?」

 「うッ‥‥きんえん‥‥きつえん‥‥?」。うろたえる「悪ガキ」。後ろの女の子が「吸いません。 禁煙席で〜す!」を大声を上げ、大柄のウエートレスは「畏まりました」と深々と頭を下げた。

 なんだかおかしい。なんだか妙だ。10歳前後の子供に「喫煙席?」と聞く。どうもおかしい。

 ハンバーガーを20コ注文して「お持ち帰りですか、お召し上がりですか」と聞かれたような戸惑い。 マニュアルはここまで来たのか。

 しかし「マニュアル人間」というパーソナリティは、ここ十数年来のものではない。戦後一貫して、 官僚国家ニッポンに蔓延している「病気」のようなものである。偏差値の高い学校を出て、徹底した管理教育 を受け、国会で質問されれば「前向きに検討したい」と答え、実は何もしない官僚たちが、ここだけの話だが、 恵まれた老後を迎える。失敗を恐れ、何もしないことを善とする哲学。これが日本を堕落させた。

 自民・社会の55年体制はその典型。マニュアル通りの「国会猿芝居」を演じて、何もしなかった、 と指摘する学者もいる。

 自民・民主の04年体制にも「お笑いマニュアル」が登場している。間抜けな前民主党議員が「学歴詐称」 で躓くと、国会マニュアルに「学歴追及」が追加された、と思ったのだろう。「自民党幹事長の米国留学は 2年でなく1年3ヶ月」と疑惑追及する民主党国対委員長殿。

 さて、話をファミレスに戻そう。しょげかえっていた「悪がき」は元気を取り戻し、意味のないことを 質問したウエイトレスに、小さな声で「バ〜カ!」とベロを出した。

(毎日新聞東京版2月10日夕刊掲載)



卒業と中退、派遣と派兵

 同僚記者が苦戦していた。東京下町の事件取材。関係者を探し出すのが四苦八苦。 底辺で生活する人々を追って、同僚記者は川沿いの青いテントを歩き回った。

 「新聞社? 俺、新聞は大嫌い」。ホームレスは誰も彼も拒否反応である。

 「どこの新聞だ?」と聞く中年男がいた。「毎日です」と答えると「牧を知ってるか? 奴とは同級生なんだ。奴は級長、俺は番長だった」と真っ黒い顔がニヤッと笑った。

 同僚の報告によれば「ご学友」と冗談を言った男、事情があって青いテントに逃げ込んでいる。

 番長?誰だろう。ここだけの話だが、僕は中学・高校時代、中1の1学期を除いて、いつも 級長だった。学業を重視しないヘンな学校で、僕は不良仲間に妙に人気があった。

 僕の売れない著書を「買ってやった」と言ったそうだから、確かに「ご学友」なのだろう。 誰だろう。

 これをきっかけに番長?は同僚記者と親しくなり取材に協力してくれた。誰かが「輝かしい 学歴がモノを言ったな」とからかったので、大笑いになった。

 「学歴」なんて役に立たない、というのが東京下町の気風である。勉強は自分のため。他人の ためではないから「学歴」を自慢したら赤っ恥。要は学歴よりは学生生活である。

 変態風?の自民党副総裁を破って当選した議員さんの「学歴詐称」の件でも、下町の反応は 「新聞の正義」とは若干、違う。

 「学歴」を自慢したうそは情けないが、外国の大学に4年もいただけで、凄いじゃないか。 卒業していない? 中退だって良いじゃないか。大学3年で外交官試験に合格した秀才は東大を中退する。 早稲田大学文学部は中退組の方が何故か有名だ。

 「4年在籍」で友達が出来て、視野が広くなったら、それで良い。

 第一、彼の「学歴詐欺」で、選挙民はどれほど被害を受けたのか。犯罪は常に「被害の程度」 が問われる。小さな嘘じゃないか。

 「小さな嘘」を追及する側に「大きな嘘」がある。イラク「派兵」を「派遣」と詐称する権力の 手練手管。この方が「大きな被害」を生む危険性が高いのだが‥‥「本当の嘘」を見破るのは 「学歴バカ」にはやはり荷がおもいか。

(毎日新聞東京版2月3日夕刊掲載)



「差し色」だらけ

 30年近く前、勤めていた信用金庫を辞めて一念発起。趣味のお洒落? でメシを喰お うと、注目され始めたイタリアものを仕入れ、成功したアパレル屋。彼に「差し色」と いう言葉を教えてもらった。

 「オーソドックスなネクタイの列に、こんな風にだな、橙色のブランドものをソッと 挟んで置くんだ。お客さんは『斬新だ!』と一度は手にするが、まず買わない。その隣 の渋い色柄を選んで買って行く。あのお客さんもそうするぞ」

 眺めていると確かにその通りだ。

 「売れそうにないものを仕入れておく。それが差し(込み)色。差し色のお陰で正統 派が一段と輝く。こんな裏技も覚えたよ」

 なるほど。鮮やか過ぎる「差し色」が正統派タイを引き立てる。

 「言ってみれば、人気の高見盛は差し色なんだ」と話は飛んだ。大相撲初場所の最中 だった。

 ユーモラスな動作で人気の高見盛は、本来の相撲ファンには正統派に映らない。だっ たら、正統派人気力士って誰?

 これが、難しい。朝青龍は強い。でも、勝っても勝っても人気は今一。あの勝ち誇っ た喧嘩顔で、一人横綱が「差し色」になっている。

 ここだけの話だが、横綱審議会の面々も目立ち過ぎる。朝青龍が故郷・モンゴルでア ントニオ猪木とスーツ姿で握手しているのに腹を立てた。現役の力士は和服を着用する のが常識、というのだが、ちょっと待ってくれ。サマにはならないが、オフの故郷を好 きなスーツで過ごしたって、相撲道に傷が付くというものでもあるまい。浴衣姿で風邪 を引いたら大変だ。

 日本人の精神年齢は実年齢の7掛け、という説がある。実年齢20歳が精神年齢では 14歳。だから、成人式が悪ガキの式典になる。

 23歳の、つまり日本人なら精神年齢16・1歳の横綱が異文化に戸惑っている。フ ァンは「叱られてばかりの横綱」なんて見たくない。

 横審さんが“相撲”を取って何になる。今回が一転して全勝優勝を激賞したようだが 、小言もほどほどにしないと、相撲界は「差し色」ばかり。

 「差し色を間違えると、すべて売れなくなるんだ」と言ったアパレル屋の言葉。さに あらん。横審の「学識」で興行が打てるほど、渡る世間は甘くない。

(毎日新聞東京版1月27日夕刊掲載)



1904年

「陥落」という言葉が流行った時代がある。「陥落」は、城や都市が攻め落とされる ことだが、この年の「陥落」は酒に酔いつぶれ、遊郭に泊まることを意味していた。

 流行語は「時代」を表す。軟弱な風潮が充満していた、と思いがちだが、この年はむ しろ「硬派」が肩で風切る時代だった。

 この年、1904年(明治37年)2月8日、日本は旅順港のロシア海軍基地を急襲 、日露戦争が始まった。乃木大将の旅順総攻撃は港が見える二百三高地に焦点を絞って から一進一退。ついに12月5日、旅順は陥落した。この戦いに約13万人の兵士が動 員され、死傷者は約6万人に上った。

 「陥落」はこの旅順陥落から出た言葉である。「陥落」はロシアの敗北を表す言葉。 酒に酔いつぶれ、遊郭に泊まる人を「非国民!」と指弾する意図がこの言葉に込められ た。しかし、である。言葉を選ぶ人間の心情はそれほど単純ではない。「反戦」とま では言わないが、この時、人々の本音は「嫌戦」。陥落した輩を演出することで、指導 部に盾をついた。気分の嫌戦運動だった。

 ああ、弟よ、君を泣く、君死にたもうことなかれ……。

 与謝野晶子の「君死にたもうことなかれ」は、この年「明星」9月号に発表された。 家を継いだ弟が出征すれば年老いた母はどうなるのか。この詩も「反戦」というより生 活者の実感として「嫌戦」だった。

 文壇の重鎮・大町桂月が「自分も平和を求めているが、この世に悪がある限り、ただ 平和をひたすら求めるのは非現実主義だ」と主張して、一大論争に発展するが、反戦・ 嫌戦のうねりは弾圧される運命だった。

 それから、ちょうど100年。「テロに屈するわけには行かない!」という正義のス ローガンが聞こえる。正義の自衛隊派遣。しかし「正義の戦い」で平和が取り戻せると 考える方がむしろ非現実的ではないのか。

 限りなく日米同盟を強化しようとする指導者は、生活者の実感から生まれる「嫌戦」 にトンと無頓着だ。

 ここだけの話だが、総理大臣、官房長官、防衛庁長官も、自民党幹事長も、恵まれた 青春を送った二世たち。彼は生活者の実感、恐怖が分からないのだ。

(毎日新聞東京版1月19日夕刊掲載)



本職の堕落

 正月休みで、久しぶりに再会した友人が「衆院議員が2人とも買収で逮捕されるなんて理解出来ないナ」と 言い出した。皮肉っぽく「そんなドジが2人もいるのか? 定数480人分の2の確立だぜ」。

 衆院選の間抜けな選挙違反。「おれの記憶にもないな」とあいまいに応えると“皮肉野郎”は 「犯罪検挙率20%というんだろ。選挙違反捜査だけは上手なんだ? それとも政治家におばかさんが 多いの? それとも隠れた違反はもっと多いの?」

 どうも、友人は「国会議員」をばかにしている。「Kという元自民党幹事長が政治献金で 豪邸マンションに住んでいたんだろう。それがおとがめなし。ドジな小物は選挙違反で次々に捕まる。 議員という職業はカネをもらっても逮捕されず、自分のカネを配ると逮捕される。妙な職業だな」 といった調子である。

 少々、正月の酒が回っている。

 しかし、彼と同様に政治家を尊敬出来ないでいる人は何人もいる。「職業」としてさげすんでいる。 「政治家は汚い!」と平気で言う。

 長引く不況が「国家の衰退期」を感じさせ、イライラした民衆は平気で「職業の貴賎」を あげつらうようになった。教育現場では、戦後一貫して「職業に貴賎なし」と教えていると いうのだが、どうも怪しい。

 こんな評論を読んだ。「××の息子はタレント。××の息子は自衛隊。2人の政治家の違いを 表している」

 読みようによっては、タレントと自衛隊の職業に「貴賎」を感じさせる文章とも取れる。「芸人は 河原乞食」と言われた嫌な昔を思い出した。

 自衛隊のイラク派遣で、今度は「死の貴賎」まで話題になっている。自衛隊員が万一、イラクで なくなった場合「特別公務死」といった枠組みが必要だ、という持論である。訓練や災害派遣での 殉職と「イラクの死」を区別すべきだという意見。その根底には「犬死にはご免だ」という思いがある。

 小泉さんは相変わらず「人道支援」と繰り返すが、自衛隊は戦闘を覚悟し「貴い死」を意識している。  ここだけの話だが「貴」とおだて、若者を戦地に送る者があるとすれば、これこそ「賎」……と僕は思う。
(毎日新聞東京版1月13日夕刊掲載)



本職の堕落

 読経とは「声を出して経文を読むこと」。必ずしも、経文の意味を理解しなくても、 読むことは出来る。

 「そこがツケメなんだ」と親しい坊さんが苦々しげに言った。「ここだけの話だが、 最近は資格を持たない僧侶が平気でお経を読む。営業妨害だ」。確かに、あの浪々とし た“音階”を収得すれば、誰でも立派な坊さんになれる。本職より“お経の節回し”が 上手なアマチュアがいてもおかしくない。

 檀家寺(自家の帰依する寺)を持たない人に取って「僧侶の資格」はあまり気になら ないのだろう。

 それにしても、何故、こんなことが起こるのか。

 多くの僧侶が布教活動に不熱心で、単なる“葬式産業”に成り下がったあたりに原因 がある。宗派宗派に厳然とした「僧侶の資格」が存在し、厳しい修行が行われているが 、その「資格」は布教活動のためではなく、高額のお布施を取るための「名義料」のよ うなもの……と世間は疑っている。格安の葬儀が求められれば、アマチュア坊主の需要 が増える。僧侶の堕落? がスキを生んだ。

 数年前、有名なカリスマ美容師が「資格を取っていない」と叩かれた。しかし、僕は 「資格がなくても、技術が優れている方が良い」と断言した。「資格がない」と「技術 が劣っている」は必ずしも一致しない。

 新聞記者の世界はどうだろう。「資格」はない。22歳の大学生が新聞社の入社試験 に合格しただけで新聞記者になる。昨日まで広告を集めていた営業社員が人事異動で記 者職に移ることもある。せめて名刺に「記者見習い」と書くべきだ、とは思うが、とも かく、気がつけば記者。新聞社の看板が「資格」と言えば「資格」である。

 新聞社所属、記者クラブ所属というだけで、優先取材権を手に入れる記者さん。結構 なご身分だが、その分だけ油断すると簡単に堕落する。

 巧みな権力の情報操作に乗って「自衛隊派遣・武器使用拡大」をまるで“既定の路線 ”のように報道する記者さん。“大本営発表”を見破る力量と気概がなければ、我々は 「名義だけの記者」になってしまう。

 2004年。新聞記者にとって、正念場の年だ。

(毎日新聞東京版1月6日夕刊掲載)



「正義」の出来心

 ここだけの話だが、有名な競馬評論家のHさんが「オレオレ詐欺」に遭った。と、言 っても彼にセガレはいない。すぐバレた。

 年の瀬、三流のオレオレ詐欺師は、むちゃくちゃに電話を掛けまくっている。ご用心 、ご用心!

 これを聞いていた某社の競馬記者が「騙されたフリをして、奴らをおびき出し、警察 に捕まえて貰えばいいのに。Hさんのお手柄が新聞に載れば、オレオレ詐欺も少しはな くなる」と言う。そうかも、知れない。

 犯人逮捕に協力するのは間違いなく「正義」……だが、待てよ。

 タチの悪い犯人だったら、出所後、Hさんに「お礼参り」にやってくることだってあ る。何しろ、米泥棒が出没する昨今。リストラに会って、僅かな蓄えを切り崩している 友人が「泥棒でもしろ!と言われているようなものだ」と嘆く。誰もが犯罪者になって 、おかしくないご時世。

 犯罪検挙率が20%程度の治安状態で、警察が「協力者の安全」を守ってくれるか… …深追いしないのが知恵というもの。世の中「正義」が最善とは限らない。

 イラク自衛隊派遣問題で国論が二分された。派遣は「正義」なのか。「不正義」なの か。フセイン元大統領が拘束されて「イラクの治安」は回復するのか。

 1993(平成5)年5月4日、PKO協力法でカンボジアに派遣された文民警察官 ・高田警部補が襲撃され、死亡した。7日の閣議で、当時の小泉郵政相は「国会の議論 では血を流してまで、派遣するということではなかった。自民党の中には、この程度の 犠牲は当然、という考えがあるが、とんでもないことだ。撤収する場面では勇気を持っ て撤退すべきだ」と強く主張した。

 それから10年。「一国平和主義は誤っている」と憲法前文を朗読して自衛隊派遣を 決断した小泉首相。

 「正義」は豹変するらしい。

 きのう勤王、明日は佐幕 その日その日の出来心……の幕末ではないが、この先々「 正義」と付き合うには、それなりの知恵がいる。

 来週火曜日は休日で、夕刊がお休み。従って「ここだけの話」は今回が今年最後。読 者の皆さん、自由と平和が守られる、良いお年を!

(毎日新聞東京版12月16日夕刊掲載)



牛乳は誤解されて?

 「批判するなら正々堂々と本名を名乗れ!」というご指摘を受けた。

 意見を異にする読者から“お叱り”を受けるのはやむを得ないが、これは誤解だ。「 牧太郎」は本名。ペンネームでも、芸名でもない。

 つい最近、知人の北大教授が「北海道にもいるゾ」と地元紙の切り抜きを送ってくれ た。小樽市生まれの「まき太郎」は熊本県人吉市の「のりもの文化・ひとよし大集合」 に参加する、という記事。戦前戦後、ガソリンが枯渇した頃、代用燃料バスとして活躍 した薪バスを1993年、北海道中央バスが復元した。愛称「まき太郎」。

 四国にもいた。こちらは、牛乳から脂肪分を取り除き濃縮した無脂肪乳「牧太郎」。 社長さんが「牧場の太郎」という意味で名付けた。

 僕の本名は芸名向きなのだろう。

 ここだけの話だが、これも奇縁、と四国まで同姓同名の牛乳を飲みに行った。うまか った。それからと言うもの、銘柄に関係なく、僕は牛乳ファンになった。

 11月29日、東京・品川で「牛乳・乳製品中の乳糖の機能と栄養学的役割」という 国際学術フォーラムが開かれた。牛乳ファンとして勉強に行かなくてはならない。

 気になる研究があった。土屋文安・中京短大名誉教授の「栄養評価の新基準『栄養素 密度』」。

 「日本人の摂取エネルギーは1975年から下がる一方で、2001年には戦後とあ まり変わらないレベルなっている。15歳から19歳の、肥満でも痩せてもない普通の 女性の6割が『自分は肥満』と思い込んでいる」と土屋さんは分析する。

 空前のダイエットブームの背景に「痩せている」という若い女性の“勘違い”がある 。「栄養価が高い→カロリーが高い→飲むと太る」というイメージで牛乳は敬遠される 。その結果、若い女性の骨はカルシュウム不足で発育不足になり、中年太りの頃には、 骨粗鬆症に苦しむ。

 「1日に1000mlを飲めば確かに体重が増えたが、600ml以下では変化がない 」と同教授は言う。

 牛乳に対する誤解……スーパーで“自然な水”のお値段が牛乳より高いのも、もしか して「誤解」の結果なのか……。

 乳牛はモオー、我慢できない。

(毎日新聞東京版12月9日夕刊掲載)



「宝くじ」しかない?

 12月になると、おもちゃ問屋が並ぶ東京・浅草橋界隈は一段と活気づく。真っ赤な サンタの衣装、電飾ツリー……五月人形の老舗には歌舞伎絵の羽子板が登場する。

 去年も今じぶん、店先を覗くと、東南アジア系の女性を二人連れた、テレビでお馴染 みのデビ夫人が「これ、60個いただけません」と独特の抑揚で銀色の鐘を注文してい た。カラフルな街に有名人も出没する。

 ところが“異変”が起こった。

 浅草から日本橋に通じる江戸通りに面するJR浅草橋駅東口に長い列が出来るのだ。

 そう、宝くじ売場である。

 ここ3年続けて、この売場から年末ジャンボ宝くじの1等前後賞含3億円か、2等1 億円が飛び出した。

 ここだけの話だが、3つある売場のうち、1等3億円が出たのは真ん中の売場。列が 一番、長い。

 クリスマス用品を見る訳でも、近くの横山町衣料問屋に行く訳でもなく、ただ「宝く じ」のためにやって来る人々。去年、売場の人が帰宅途中、後をつけてきた強盗に売上 金を盗まれる事件が起こった。「宝くじ」が街の様相を変える。

 戦後1945年10月「宝くじ」は誕生した。当時、最高当選額は1等10万円だっ たが、その2年後に100万円。忍び寄るインフレを背景に、51年8月に110万円 という半端な当選金になったが、その翌月には一気に400万円になった。

 「宝くじ」は貨幣の価値を反映する。ハズだったが、バブル経済に陰りが出来た92 年に1億2000万円に値上がりし、その後も、デフレが指摘されながら「宝くじ」の 最高当選額は上り続けた。

 今では1等は前後賞併せて3億円。発売数も7億2千万本(2160億円)。「宝く じ」だけはバブル?

 総選挙が終われば、予想通りに、株価低迷、金融危機、イラク不安。

 「そうなりゃ、宝くじしかないじゃないか」という中小企業の下町の思いが列を作る 。だから、厳しい顔つきも黙々と並ぶ。

 今年は1万円のラッキー賞が288万本用意されが、1等3億円は全国で、たった7 2本である。

 「宝くじ」で儲けるのは?……後は言うまい。

(毎日新聞東京版12月2日夕刊掲載)



墓場に持っていく人

 多分、来年は「道路公団汚職」の年になるだろう。記者のカンだ。

 首を切られた藤井治芳・前道路公団総裁が東京地検の内偵に協力している。石原国交 相は藤井さんから「明るみに出れば、死人まで出る」と脅された。疑獄に「自殺」は付 きものなのだ。

 1979年1月31日、ダグラス・グラマン疑惑で6回目の事情聴取を受けた日商岩 井の島田三敬常務は「ある会合」の後、2月1日未明、赤坂のビルから飛び降り自殺し た。「私たちの勤務は20年か30年でも、会社の生命は永遠です」という遺書が残 されていた。

 事件記者だった僕は「ある会合」を追った。島田さんと密談していたのは、疑惑の中 心人物・海部八郎副社長、彼の友人・戸川猪佐武さんだった。戸川さんを直撃取材した 。「どうしても話せない。その代わり、今後、君の取材には協力する」。彼は初対面の 僕に約束した。節目節目の取材で彼は僕の味方だった。赤坂の料亭に自民党の実力者を 呼び出して「この記者に何でも話してやってくれ」と言ってくれたこともある。

 時間をかけて「真相」を聞こう、と決めた。狙いはもう一つ。週刊誌「女性自身」が 「角栄と女」を取り上げようとした時、戸川さんは盟友・田中角栄のために、もみ消し に走り、1970年11月25日赤坂の料亭「千代新」で“手打ち”をした。その事実 を確かめたかった。

 ところが……1983年3月19日、戸川さんは急死した。ここだけの話だが、彼の 葬儀で田中角栄元首相が読んだ弔辞は僕が書いた。

 最近、出版された「無念は力 伝説のルポライター児玉隆也の38年」(坂上遼著) を興味深く読んだ。角栄失脚の引き金になった「文藝春秋」の「田中角栄研究 その金 脈と人脈 淋しい越山会の女王」は「女性自身」で一度は筆を折った児玉さんが「無念 」を力にして書き上げた、と書かれている。そうかもしれない。そうでないかも知れな い。渾身の「淋しき……」を書いた直後、児玉さんはガンに死ぬ。

 書いて死ぬライターと「真相」を墓場まで持っていく評論家。そして、無言で死を選 ぶ渦中の人……歴史はいつも哀しい。

(毎日新聞東京版11月25日夕刊掲載)



アヘンと「能力」

 アヘンを見た。上質のアヘン? をタダ同然で手に入れる姿を見た。

 アヘン・・・この場合、アヘンは自民党にとって公明党(票)である。

 今回の衆院選で、自民党は公明党に助けられた。与党同士だから当然、と言う人 もいるだろう。

 しかし、自由民主主義の自民党、宗教民主主義の公明党。自由競争の思想と「神仏 の前での平等」の思想とでは大分違う。大体「自由と平等」は微妙に食い違う価値観 なのだ。

 極端な事をいえば、公明党が「創価学会の教えを日本国の宗教にする」と考えたら どうだろう。

 僕の親しい友人にも創価学会の熱心な信者がいる。教えに忠実で幸せな毎日を送って いる。結構である。

 彼は「創価学会の教えが絶対」と考える。宗教とはそういうものだ。「この教えで日本 国を統治すべきだ」と考えても不思議ではない。

 しかし、そうなったら、自民党の「自由」は崩壊するかもしれない。

 それなのに・・・自民党は公明党票で下駄を履くことを覚えた。公明党票(=下駄)+ 自民党票+個人票で楽に当選する。これはアヘンだ。

 福岡2区で苦戦を強いられた自民党副総裁は今回、元々の指示者に向かって「比例区 では公明党を!」とお願いしたらしい。自民党に対する裏切り? アヘンが欲しいから 何でもする。これは中毒症状である。

 ここだけの話だが、東京下町の自民党地区責任者が「おれもそうしたから怒れないよ」 と、吐き捨てた。

 アヘンと知りつつ、公明党に下駄を履かせてもらって、小泉自民党は9議席減(追加 公認の3議席を除く)。その凋落ぶりは社民党並?

 先週、この蘭で「オウム弁護団の知的基礎体力」を指摘したら、読者から「『知的基 礎体力』はよい表現だが、長すぎて見出しにならないでしょう」と言われた。その通りだ。

 これからは「能力」という言葉を使いたい。明治の奇才・南方熊楠(1867〜1941) が使った言葉。26歳でロンドンに渡り、大英博物館で民俗学や博物学52冊1万800ページ を黙々と書き続けた人物は、自分で考え抜く力を「能力」と言った。

 どんな良薬でも副作用があることを知るのが「能力」と言うものだ。

(毎日新聞東京版11月18日夕刊掲載)

最終弁論の知的基礎体力

 オウム真理教の麻原彰晃(松本智津夫)被告に初めて会ったのは1989年10月 2日である。サンデー毎日が「オウム真理教の狂気」というキャンペーンを始めた直後、 弟子を数人つれて編集部へやって来た。

 「宗教弾圧だ!」と言う。こう言えば、マスコミはビビるもの、と思っていたのだ ろう。居丈高だった。

 それにしても、彼は異常に太っていた。信者は動物性たんぱく質に無縁な「オウム食」 を食べていたから、やせ細っていたが、彼だけは隠れてステーキを食べていた。

 この「肥満」が詐欺師の証拠。教祖がたらふく食べ、信者がやせ細る宗教がどこにある。 こんなに簡単に見破られるニセ宗教はなかった。

 麻原裁判は10月31日、結審。彼が沈黙した事もあって、初公判から7年半もの歳月 が流れていた。

 最終弁論で弁護団は「被告の沈黙は法廷だけでなく、6年以上もの拘置所生活で24時間 続けられてきたが、強烈な宗教的契機と精神力がない限り実行できない。沈黙自体が、 強い意思表示であった」と切り出した。賛美しているかのようにである。

 被告は立派な宗教人で、未熟な弟子たちが教義を誤解して無差別テロに及んだ、という 理論構成。開いた口がふさがらない。

 知り合いの弁護士に「裁判ってこんなものなの?」と聞いてみた。帰ってきた言葉は「冗談 じゃない。新聞こそ、なぜこの弁護活動を批判しないんだ」。彼らも怒っている。

 一人は「毎日毎日、接見を続け麻原の口を開かせるべきだった」と主張した。もう一人は 「沈黙を続けたので真実は分からなかったと正直に弁論すべきだ」と言った。「それほど大事 な裁判なら、弁護士が専従して連日開廷の集中審理をすべきだった」「ここだけの話だが、 国選で費用が保証されるから長引かせた、という見当だってある」

 当時、僕は、若者が次々にオウムにだまされた原因を「知的基礎体力の欠如」と分析した。 でも・・・まさかオウム弁護団に「知的基礎体力の欠如」を指摘しなければならないなんて ・・・昔と違うのは、麻原被告が飯を食わないのか、やせ細っているだけ・・・オウム事件は 風化している。

(毎日新聞東京版11月11日夕刊掲載)

結婚する結婚詐欺

 「結婚する結婚詐欺」という事犯?があるらしい。

 結婚詐欺は「結婚する」と相手をその気にさせ、金品を巻き上げドロンする。念のた め、金品を取らなかったら、「結婚しよう」と体を弄び、結婚しないのは結婚詐欺には 当たらない。

 いずれにしても「寸借詐欺」も「駕籠抜け詐欺」も「取り込み詐欺」も……詐欺師の 大半はドロンする。

 しかし「結婚する結婚詐欺」は決してドロンしない。「愛しています。尊敬していま す」と無理矢理、結婚してもロクにベットを共にしない。専業主婦で仕事はないのに、 食事は作らない。家事はしない。亭主の給料を独り占めして、小遣いは渡さない。ブラ ンド指向。宝石を身にまとい豪遊三昧。結婚した当初から「本当の恋愛がしたい」と思 っているから、気が向けば堂々と不倫する……悪事に限りを尽くしながら決してドロン せず、亭主に多額の生命保険金を掛け「その日」をジッと待つ。

 これが「結婚する結婚詐欺」。結婚詐欺の方がよっぽど軽微だ。

 ニセ有栖川宮殿下事件の登場人物はドロンしなかった。「お妃役」を演じた松本晴美 容疑者はテレビに出演して「被害者がいるのか?」と開き直って見せた。

 確かに「被害者」はいないような気もする。大体、面識がない殿下から「結婚式の招 待」が来るハズがないから、パーティ好き、イベント好きの御仁が酔狂で、暇つぶし に覗いただけだろう。食べ物も引き出物も出た。良心的ではないか。

 ホテル業界は「宿泊」では儲からない。ここだけの話だが、某高級ホテルではベット メーキングやタオル、ガウンといった経費に一人一泊6000円。「宿泊」では儲けが 出ないから、政治家のパーティも「詐欺的雰囲気」に満ち満ちているが、引き受けざる を得ない。有栖川宮披露宴も「良い客」だったのだろう。

 それほど有名でもない芸能人などは有栖川宮披露宴に出ただけで、テレビに何度も登 場した。「俺は見破っ