2009-03-31 Tue
親しくして貰った「サンミュージック」の名物社長・相澤秀禎さん(ご子息に社長の座を譲ったと聞くが)の口癖は「ビックな男性タレントが欲しい」がだった。
都はるみ、桜田淳子に始まって、自殺した岡田有希子・・・と「女性タレント」が相澤さんのところに綺羅星のように並んでいる。
でも相澤さんは「男性タレントが欲しい」の一点張りだった。
なぜ? と言えば、相澤さんは「森田健作の大成功」が忘れられないのだ。
確か、1972年だと思う。明治学院大学法学部を中退して、ブラブラしていた森田をスカウトした。松竹映画『夕月』の主役(黛ジュンの相手役)を選ぶ公開オーディションに応募させた。6300人の中から選ばれる難関。相澤さんは知恵を絞った。この辺のことは相澤さんは話さないが、見事、森田は「主役」に選ばれる。
『夕月』の主役が決まった後、相澤さんは「ある作戦」に出た。サンミュージック所属タレントのファン名簿にある3万人に「松竹に森田を応援するハガキを送ってください」と陳情した。森田の紹介文にプロマイドを添えて送った。これに呼応したハガキが約5000枚も松竹に届く。
「森田には隠れたファンがいる」と勘違い? した松竹は森田主演の2本目の映画制作を決めた。これが「森田の最初の選挙運動」だったのかも知れない。
これが次作『夕陽の恋人』。71年に日本テレビ系の人気青春ドラマ『おれは男だ!』に主演。森田は一気にビックになった。特技(という話だが、これもちょっと疑問だが)剣道を披露し、前向に突っ走る青年を熱演して「青春の巨匠」とまで言われるようになる。
相澤さんにとって「人生最大の男性出世タレント誕生」である。森田を可愛がった。でも、なぜか、サンミュージックには「ビックな男性タレント」は現れなかった。
そして、芸能界では珍しいことだが、森田はタレントでありながら「サンミュージックの取締役」になった。相澤さんの肩入れが良く分かる。
その森田健作が千葉県知事選に当選した。得票は101万5978票と“大台”を突破。元鉄道会社社長の吉田平さん(民主、社民、国民新、新党日本推薦)らを大差で破った。
30日の朝「生まれ変わった森田」を見ようと、テレビの前に陣取った。と、言うのは、彼がコレまで歩いた道を見ると、どうにも信頼出来ない「過去」があるからだ。
「マトモになったか?」。そんな期待で、ワイドショーを見たのだが・・・残念ながら、今まで通り「突っ走る青春」だけで、頭の中はカラッポのような印象である。
野心満々のタレントが選挙を踏み台にして、自分だけのし上がろうとする姿しかない。
92年の参院選。彼は連合主導で民社党、社会党、社民連の推薦を受け当選した。ただ、悪知恵? だけは抜群で「当選後特定の会派に所属しない」という覚書を締結していた。しかし、無所属のまま民社党と会派を組んで、約束は反古。連合が「約束が違う!」と抗議声明を出す騒動になった。そして、94年に予定通り? 野党時代の自民党に移った。革新陣営にとっては「裏切り」だろう。
98年に新井将敬の自殺に伴う衆院東京4区補欠選挙に立候補し当選した。いささか「火事場のドロボー」のようである。政治的な信念なんて、どこを探してもありはしない。単なる「偉くなりたいタレント議員」が「空いた選挙区」で闘う。
2000年8月に公設秘書が公職選挙法違反で逮捕(買収の申し込み)された。連座制適用による自身の失職も想定されたが、東京簡裁にて罰金50万円の略式命令となり、連座制適用は見送られた。運も良かった。ただ、国会議員としては終わりだった。
03年秋には、土屋義彦埼玉県知事の辞職に伴う知事選への立候補しようとする。ギリギリまで粘ったが、当時所属していた派閥・山崎派の領袖、自民党幹事長・山崎拓の説得で断念した。
今度は千葉県知事選である。前回、終盤になって石原・東京都知事らが応援に入ると猛追。得票差は約6000票の僅差で涙を飲んだ。
今回は選挙プランナーの三浦博史が参謀役として森田に就き「青春」と「完全無所属」を売り物にして大勝した。新聞は「民主党・小沢秘書逮捕が森田を当選させた」と分析するが、そうでもない。三浦の力が当選を約束したと僕は見る。タレント森田が相澤さんの力でビックになったのと同じように。
おめでとう! と言いたいところだが、テレビに登場した森田を見て、正直言って、がっかりした。「政党のためでなく県民のための政治」と言うのは「何」なのか? と聞かれても、答えが出ない。
政策無策の森田は何ら変わっていないのだ。
千葉県芝山町に住み始めたのは18年前。「自然と人情にほれ込んだ」からだった。6600平方メートルの「森田農場」で旬の野菜を栽培。時間がある時は一日中畑いじりをする。普段は午前4時に起き、ランニングを欠かさないらしい。
それで良いじゃないか。そんな生活が良いじゃないか。政治なんて、森田には似合わない。でも不幸にも当選してしまった。
「青春の勲章はくじけない心。日本一の県を目指して頑張ります」の一点張り。「東京湾アクアラインの値下げ」「成田国際空港と羽田空港を結ぶリニアモーターカーの整備」「知事は千葉ブランドのセールスマン」など、夢や希望にあふれた文句ばかりだが、ごく普通に考えて実現不可能なものが多い。「出来ますか?」と聞かれると平気で「夢物語なんて言ってたらできることもできないよ」と答えた。さて「森田知事」で千葉県は?
森田の人間性に疑問を感じる。しかし、昨今の政治家は森田と五十歩百歩だから仕方ないか。
都はるみ、桜田淳子に始まって、自殺した岡田有希子・・・と「女性タレント」が相澤さんのところに綺羅星のように並んでいる。
でも相澤さんは「男性タレントが欲しい」の一点張りだった。
なぜ? と言えば、相澤さんは「森田健作の大成功」が忘れられないのだ。
確か、1972年だと思う。明治学院大学法学部を中退して、ブラブラしていた森田をスカウトした。松竹映画『夕月』の主役(黛ジュンの相手役)を選ぶ公開オーディションに応募させた。6300人の中から選ばれる難関。相澤さんは知恵を絞った。この辺のことは相澤さんは話さないが、見事、森田は「主役」に選ばれる。
『夕月』の主役が決まった後、相澤さんは「ある作戦」に出た。サンミュージック所属タレントのファン名簿にある3万人に「松竹に森田を応援するハガキを送ってください」と陳情した。森田の紹介文にプロマイドを添えて送った。これに呼応したハガキが約5000枚も松竹に届く。
「森田には隠れたファンがいる」と勘違い? した松竹は森田主演の2本目の映画制作を決めた。これが「森田の最初の選挙運動」だったのかも知れない。
これが次作『夕陽の恋人』。71年に日本テレビ系の人気青春ドラマ『おれは男だ!』に主演。森田は一気にビックになった。特技(という話だが、これもちょっと疑問だが)剣道を披露し、前向に突っ走る青年を熱演して「青春の巨匠」とまで言われるようになる。
相澤さんにとって「人生最大の男性出世タレント誕生」である。森田を可愛がった。でも、なぜか、サンミュージックには「ビックな男性タレント」は現れなかった。
そして、芸能界では珍しいことだが、森田はタレントでありながら「サンミュージックの取締役」になった。相澤さんの肩入れが良く分かる。
その森田健作が千葉県知事選に当選した。得票は101万5978票と“大台”を突破。元鉄道会社社長の吉田平さん(民主、社民、国民新、新党日本推薦)らを大差で破った。
30日の朝「生まれ変わった森田」を見ようと、テレビの前に陣取った。と、言うのは、彼がコレまで歩いた道を見ると、どうにも信頼出来ない「過去」があるからだ。
「マトモになったか?」。そんな期待で、ワイドショーを見たのだが・・・残念ながら、今まで通り「突っ走る青春」だけで、頭の中はカラッポのような印象である。
野心満々のタレントが選挙を踏み台にして、自分だけのし上がろうとする姿しかない。
92年の参院選。彼は連合主導で民社党、社会党、社民連の推薦を受け当選した。ただ、悪知恵? だけは抜群で「当選後特定の会派に所属しない」という覚書を締結していた。しかし、無所属のまま民社党と会派を組んで、約束は反古。連合が「約束が違う!」と抗議声明を出す騒動になった。そして、94年に予定通り? 野党時代の自民党に移った。革新陣営にとっては「裏切り」だろう。
98年に新井将敬の自殺に伴う衆院東京4区補欠選挙に立候補し当選した。いささか「火事場のドロボー」のようである。政治的な信念なんて、どこを探してもありはしない。単なる「偉くなりたいタレント議員」が「空いた選挙区」で闘う。
2000年8月に公設秘書が公職選挙法違反で逮捕(買収の申し込み)された。連座制適用による自身の失職も想定されたが、東京簡裁にて罰金50万円の略式命令となり、連座制適用は見送られた。運も良かった。ただ、国会議員としては終わりだった。
03年秋には、土屋義彦埼玉県知事の辞職に伴う知事選への立候補しようとする。ギリギリまで粘ったが、当時所属していた派閥・山崎派の領袖、自民党幹事長・山崎拓の説得で断念した。
今度は千葉県知事選である。前回、終盤になって石原・東京都知事らが応援に入ると猛追。得票差は約6000票の僅差で涙を飲んだ。
今回は選挙プランナーの三浦博史が参謀役として森田に就き「青春」と「完全無所属」を売り物にして大勝した。新聞は「民主党・小沢秘書逮捕が森田を当選させた」と分析するが、そうでもない。三浦の力が当選を約束したと僕は見る。タレント森田が相澤さんの力でビックになったのと同じように。
おめでとう! と言いたいところだが、テレビに登場した森田を見て、正直言って、がっかりした。「政党のためでなく県民のための政治」と言うのは「何」なのか? と聞かれても、答えが出ない。
政策無策の森田は何ら変わっていないのだ。
千葉県芝山町に住み始めたのは18年前。「自然と人情にほれ込んだ」からだった。6600平方メートルの「森田農場」で旬の野菜を栽培。時間がある時は一日中畑いじりをする。普段は午前4時に起き、ランニングを欠かさないらしい。
それで良いじゃないか。そんな生活が良いじゃないか。政治なんて、森田には似合わない。でも不幸にも当選してしまった。
「青春の勲章はくじけない心。日本一の県を目指して頑張ります」の一点張り。「東京湾アクアラインの値下げ」「成田国際空港と羽田空港を結ぶリニアモーターカーの整備」「知事は千葉ブランドのセールスマン」など、夢や希望にあふれた文句ばかりだが、ごく普通に考えて実現不可能なものが多い。「出来ますか?」と聞かれると平気で「夢物語なんて言ってたらできることもできないよ」と答えた。さて「森田知事」で千葉県は?
森田の人間性に疑問を感じる。しかし、昨今の政治家は森田と五十歩百歩だから仕方ないか。
<何だか分からない今日の名文句>
無名をスターにする相澤流 ××でも当選させる三浦流
| 牧太郎 | 11:02 | comments (x) | trackback (x) | 編集長ヘッドライン日記 |