2010-07-20 Tue
19日は朝から、赤い雲、緑の雲、黄色い雲が入り乱れて・・太陽の近くを通りかかった雲が緑や赤に彩られる。彩雲。日光が雲に含まれる水滴で回折し、その度合いや、光の波長によって、色を変える。彩雲になれば、間違いなく梅雨明けだ。
と、なると猛暑。
東京でも35度。あの日本一暑い「熊谷」はどんなになっているのか?と言うことで、旅先を方向転換して「熊谷の日本一の暑さを経験しよう」と試みた。俺たち、バカみたいだ。
正午頃、熊谷は36度だった。駅前の舗道のコンクリートが白い粉を吹き出しているように見える。確かに暑い。
熊谷市は2007・8・16に「日本最高気温40・9度」を記録した。それ以来「暑さ」を売り物にしている。「あついぞ!熊谷Tシャツ」が最近のヒット商品だという。
でも、あまりの「暑さ」に観光案内所に「涼しいところない?」と聞いたら「それなら」と教えてくれたのが「星渓園」である。
駅から歩いて15分ほどなので「行って見るか?」ということになったが・・たどり着くと、確かに落ち着いた庭園だった。
失礼だが、こんな立派な建物・庭園が、この程度の地方都市にあるとは想像出来なかった。
慶応年間から明治初年にかけて、熊谷市の発展に数々の功績を残した竹井澹如翁がつくった別邸で、ほぼ中央にある「玉の池」を囲むように木や竹を植え、名石を集めてある。回遊式庭園というのだろう。
本格的な和風建築も素晴らしい。
入場料はなし。市の指定文化財だが、職員は居ない。無料の、無人の館。誰もいないので、20分ほど庭を見て過ごした。
熊谷は歴史を大事にする街でもあるのだ。
今日、7月20日から22日まで「熊谷うちわ祭」。八坂神社のご祭礼だ。京都八坂神社の末社にあたるから、つまり「祇園まつり」。12台の山車・屋台が練り歩く。関東一の規模だ
「うちわ祭」の命名は「暑いから」ではない。
天保時代から(1830年ごろ)この祭りの日、各戸で赤飯を炊いて疫病除けをした。それが発展して、商店は祭の期間中、買物客に赤飯をふるまうようになった。これを「熊谷の赤飯ふるまい」と呼ぶらしい。
ところが、この手数のかかる赤飯のかわりに、料亭「泉州」の主人が江戸から買い入れた「渋うちわ」を客にふるまったら、大変な評判になった、そこで「買い物は熊谷のうちわ祭の日」と言われるようになった。
やっぱり、暑いから「うちわ」なのか? 商売上手だから「うちわ」なのか。
と、なると猛暑。
東京でも35度。あの日本一暑い「熊谷」はどんなになっているのか?と言うことで、旅先を方向転換して「熊谷の日本一の暑さを経験しよう」と試みた。俺たち、バカみたいだ。
正午頃、熊谷は36度だった。駅前の舗道のコンクリートが白い粉を吹き出しているように見える。確かに暑い。
熊谷市は2007・8・16に「日本最高気温40・9度」を記録した。それ以来「暑さ」を売り物にしている。「あついぞ!熊谷Tシャツ」が最近のヒット商品だという。
でも、あまりの「暑さ」に観光案内所に「涼しいところない?」と聞いたら「それなら」と教えてくれたのが「星渓園」である。
駅から歩いて15分ほどなので「行って見るか?」ということになったが・・たどり着くと、確かに落ち着いた庭園だった。
失礼だが、こんな立派な建物・庭園が、この程度の地方都市にあるとは想像出来なかった。
慶応年間から明治初年にかけて、熊谷市の発展に数々の功績を残した竹井澹如翁がつくった別邸で、ほぼ中央にある「玉の池」を囲むように木や竹を植え、名石を集めてある。回遊式庭園というのだろう。
本格的な和風建築も素晴らしい。
入場料はなし。市の指定文化財だが、職員は居ない。無料の、無人の館。誰もいないので、20分ほど庭を見て過ごした。
熊谷は歴史を大事にする街でもあるのだ。
今日、7月20日から22日まで「熊谷うちわ祭」。八坂神社のご祭礼だ。京都八坂神社の末社にあたるから、つまり「祇園まつり」。12台の山車・屋台が練り歩く。関東一の規模だ
「うちわ祭」の命名は「暑いから」ではない。
天保時代から(1830年ごろ)この祭りの日、各戸で赤飯を炊いて疫病除けをした。それが発展して、商店は祭の期間中、買物客に赤飯をふるまうようになった。これを「熊谷の赤飯ふるまい」と呼ぶらしい。
ところが、この手数のかかる赤飯のかわりに、料亭「泉州」の主人が江戸から買い入れた「渋うちわ」を客にふるまったら、大変な評判になった、そこで「買い物は熊谷のうちわ祭の日」と言われるようになった。
やっぱり、暑いから「うちわ」なのか? 商売上手だから「うちわ」なのか。
<何だか分からない今日の名文句>
暑さ、寒さも「商売」のタネ
| 牧太郎 | 10:18 | comments (x) | trackback (x) | 編集長ヘッドライン日記 |