編集長ヘッドライン日記 バックナンバー
2004.2月

2月26日(木) 「霧けむる王国」

 暖かいというより暑い。まるで3月。まるで春。セーター姿で「デニーズ蔵前店」に行く。

 帰りに「2003年大予想」的中者の、最後の一人に記念品「お雛様」を買う。 お小遣いでHPを運営しているから、いつもピーピー。立派な記念品を用意するのもままならず、 小さな「お雛様」になった。でも、季節感だけは大事にしたつもり。

 本当のことを言えば5人も的中者が出るとは思わなかった。難しい問題だったはずだが。 名人はいるもの。給料日まで記念品を買う小遣いがなかった。清貧?(そのわりに、馬券は結構、買ってやられているけど)

 「霧けむる王国」(IN THE KINGDOM MISTS)が送られてきた。筆者はジェイン・ジェイクマン。 美術史の博士号を持つ小説家。

 19世紀末、ロンドンで起こった猟奇殺人事件と画家モネの私生活を絡めたミステリー。 ミステリー本を読むのは趣味ではない。

 送り主はこの本を翻訳した長野きよみさん。クリスティの「三幕の殺人」などを手がけた高名な翻訳者だ。

 実は脳卒中で倒れた時、病室に突然、花束が贈られてきた。家族が同じ病院に入院していて長野さんが、 僕が入院していると知って花束を贈ってくれた。もちろん、初対面。名前も知らなかった。

 信じられないことだが、この女性翻訳家は、無名の新聞記者の(つまり僕)の大ファンだ、という。驚いた。 僕はこの時「長野きよみ」という人がミステリーの翻訳家として有名な人だとは思わなかった。

 それが付き合いの始まりで、ご主人も見舞いに来てくれた。

 彼女、新しい作品が出ると必ず、送ってくれる。当方には自信を持って彼女に贈れる本もなく (まして「競馬遊侠伝」なんて本、彼女が読むわけもなく)一方的に貰っているだけ。

 今回の「霧けむる王国」は300ページを超える大作。活字がびっしり詰まっている。 こんな長編を訳すなんて‥‥その集中力に頭が下がる。凄いなあ。

 読まねばならぬ、と思いながら、3ページ読んだところで、当方、ギブアップ。申し訳ないが、とても読めないよ。 ごめんなさい。平にお許しを。

 僕に出来ることを言えば、宣伝することぐらいか。興味のある方、読んで下さい。

 明日は麻原判決。法廷で取材するつもり。裁判所クラブに段足りを聞く。

 一般傍聴席は30数個で希望者が3000人を超えるらしい。

<何だか分からない今日の名文句>

2月は逃げて去る

2月25日(水) 祝す、夕刊フジ創刊35周年

 「オレンジ色の憎い奴」というキャッチフレーズで夕刊フジが誕生したのが昭和44年3月25日。 今日で35周年。おめでとう!

 新潟支局から東京本社に帰った昭和46年春から、夕刊フジの愛読者になった。何しろ、コンパクトに 「前日の出来事」を整理してくれる。正直なことを言えば、毎日、午後1時ごろ、ライバル会社の 「夕刊フジ」を読んでいる。

 必ず読むのが、大好きな植草一秀さんの「快刀乱麻」。クールな顔して、大胆なことを言う。この日は 「新生銀行の闇」を書いている。僕もロッキード事件なみの犯罪が隠されている、と思っているのだが、 思いっきり良く書いている。

 「鈴木棟一の風雲‥‥永田町」はもちろん読む。棟一さんはサンデー毎日の名物記者だったが、僕が 編集長だった頃、円満退社した。早稲田の吉村ゼミの先輩でもある彼、ちょっとお行儀が悪かったが、 愛嬌もあった。ビートルを知らず、タラップを降りる彼ら見て「何者だ?」と聞いて回った。情報を取って くるのは抜群だった。「夕刊フジ」で書くようになって、先輩、一段と光っている。

 「夕刊フジ」が売れる秘密はK編集長の力にあると思う。競馬人気に陰りが出た、と見ると終面を サッカーに代えた。ライバルの「日刊ゲンダイ」が競馬に拘っているのと、違うところだ。また競馬に人気が 戻れば、フジの終面は競馬になる。これが「オレンジ色の憎い奴」の正体だ。

 朝、野暮用を済ましてから、床屋。午後2時から競馬運営委員会。決算承認。終わって、簡単なパーティー。 委員の一人、岡部騎手が元気で復帰したので「おめでとう」の乾杯。岡部さんの髪の毛、8分ぐらいになった。

 夜、もう一つ、仕事場で大事な野暮用。終わって執筆。結構、忙しい。

<何だか分からない今日の名文句>

バランスなんて要らない

2月24日(火) 「ここだけの話」を全国版に!

 朝「おけら街道」を書いてから「たいとう診療所」。リハビリテーション実施計画書を貰う。

 「主疾患名・脳内出血、脳幹梗塞 失語症 目標・右片麻痺、失語症を呈しつつも記者としての仕事を 行っている。体力・能力低下のないようにテェックしていく」とある。

 どうやら、僕はリハビリの優等生らしい。

 オウム関連の問い合わせ依頼が続く。麻原判決の当日は法廷に行くつもりだが、毎日新聞の仕事だから、 その他の仕事はすべて断る。ただ、スポーツニッポン大阪本社だけは「どうしても」と言われ、断り切れ なかった。その昔「風間雷太」のペンネームで政治ものを書いていたし、僚紙ということもある。これ義理。

 夕方、歯医者。その後、仕事場で野暮用一件。

 パソコンを開けてみるが、掲示板が中止なので、ちょっぴり寂しい。習慣って恐ろしい。

 夜は原稿を書きまくり、午前3時にメール点検。「ここだけの話他、牧さんの新聞記事を読みたくて、 今年から毎日新聞に換えました」というお便り。うれしいじゃないか。ところが続いて読むと「何時どこに 掲載されているんですか? 見当たりません」

 申し訳ない。実は大阪本社管内の関西、中国、四国では「ここだけの話」は掲載されていないのだ。 だから個人HPを作って、読んでもらっている。

 このところ「毎日に替えた」というお手紙が立て続けにある。僕の反戦コラムが人気と言ってくれる。 しかし、その度に、その種の疑問が飛び出し、謝る。

 僕のコラムが載るとその分だけ、他の記事が載らなくなる。だから、江戸っ子記者としては、押しのけて 自分のコラムを載せろ、とは言えない。でも、本当の所は「ここだけの話」を全国区にしたい。多くの人に 読んでもらいたい。

 読者が、毎日新聞社に「これを読みたい」と言ってくれれば、助かるのだが‥‥勝手なお願い。深夜、 そう返事のメールに書いてから眠る。

<何だか分からない今日の名文句>

義理と人情を計りにかけて
義理が重たい男の世界

2月23日(月) 台東区立育英小学校

 山口組の組織力は凄まじい。20日北海道釧路市で山口組系組員が飯島会系の組員に射殺された 直後から報復が始まって、すでに東京、埼玉、千葉、栃木、福岡などで発砲事件。3人が殺された。

 一気に飯島会壊滅作戦だ。(池袋では極東会系が間違われて射殺された)

 飯島会は台東区寿3丁目に本部を持っているので、時々、浅草観音裏に出没する当方は気を つけなければならない。飯島会は博徒ではない。的屋だ。山口組とは稼業違いだが、山口組は何でもやる。 不法行為の総合商社。山口組だけではない。不景気になれば、彼らは何でもやる。飯島会が突っ張れば 大抗争の気配だが‥‥。

 浅草は山口組にとって因縁のシマ。浪曲の興行権をめぐって、2代目山口登が刺された場所である。

 しかし、夜桜銀次事件→九州制覇の流れではないが、一気に関東を制覇するとなると、ことだ。強ければ、 シマが取れると言うものでもあるまい。

 朝、副編と電話連絡。総合的な判断で、ホンのわずか「知的AND痴的掲示板」を休むことにする。 特別の事情があると言うわけではないので、ご安心されたし。

 浅草橋のおもちゃ屋、イトウさんが週末、仕事場にザッサプレンティの菊花賞記念ブルゾンをもってきて くれた。イトウさんは菊花賞馬の「40分の1」の馬主である。コーヒー色の洒落たブルゾン。 身体にぴったりする。ありがとう。

 あいにく僕は留守だったので、昼「花友」で、お礼に鉢植えを買い、新ブルゾン姿でイトウ家を訪問する。 イトウさんとおばあちゃん(実は本当の馬主はおばあちゃん)、当方のブルドン姿に大喜び。「注文をしてから 3ヶ月も経っているのよ」と文句を言いながら、イトウちゃん「菊花賞以後の積もる話」を披露してくれた。

 あの後、ザッサプランディはジャパンカップでも2着に入り、おばあちゃん、大儲け。社台に「2着のカップを 譲り受けたい」と申し込んだ。法人馬主「社台」は賞品を希望の会員に譲り、その金額を会員で分けるシステム。 ジャパンカップの2着カップには3人の希望があったが、おばあちゃん、見事、抽選に当たった。その幸運の カップを見せてもらう。「これで一杯、飲みたい」と当方。おばあちゃん、ゲラゲラ笑って「160万円の出費 なのよ」。

 その後は世間話。イトウさんは昭和23年生まれで、育英小学校の後輩。話しているうちに、彼の同級生・ 加藤君は小学1年の時、僕が手をつないで学校に連れていった「二葉の倅」と判明した。「二葉」はカニ料理で 人気の料亭だった。

 彼の同級生の「松見」クンはどうやら、僕の育英の同級生で、日大一中に一緒に進学した「松見」の弟と判明した。

 彼の妹の担当・門間先生は、結婚する前の「中田先生」と判明。「中田先生」は僕の担任だった。多分、伊豆・ 蓮台寺温泉にいるはず。

 一時、イトウさんの家庭教師を務めた子安先生は、何故か、僕の市川のマンションに現れては、毎夜、ビールを 1本飲んで、僕の小学生の息子にお説教をしていた。僕の担任でもなければ、在学中、大世話になった訳でもないの だが、ひょんなことで、市川の駅前の居酒屋で出会って、当方が「育英の出身」と分かると、その後、毎夜、自転車で やって来ては、1本だけビールを飲んでいった。「自転車で事故をおこしてはいけない」と言って1本しか出さなかった が、酒好きな先生だった。その彼がイトウさんの家庭教師。

 「なあんだ、子安先生、家庭教師のアルバイトしていたのか」で大笑い。昭和30年代、小学校の先生はアルバイト をしていた。

 その後、出社。たまちゃんに美人の訪問者2人。中学の同級生の新聞社見学。2人とも若く見える。

 社会部OB会の出席者リストを見せてもらう。おっかない面々。3月3日夜。懐かしい話になるだろう。人事異動が 明日、発表されるので、少しザワザワ。

 夜、仕事場に戻り、若干の執筆。風強く。三寒四温の様子。

<何だか分からない今日の名文句>

強いばかりが男じゃない

2月22日(日) 悼む。山中貞則さん

 山中定則さんが亡くなった。びっくりした。82歳の最高齢で、この間の衆院選で 当選したばかりなのに。悲しい。

 今まで、山中さんを取材したことはない。が、実は極めて個人的な“付き合い”があった。

 もう十年以上前のことだ。友人(ベストセラー渡辺淳一の「失楽園」で心中の舞台を 鎌倉プリンスホテルにした影の仕掛け人)から「脳卒中の後遺症に効く電気針がある」と 名医を紹介された。

 名医は普段、箱根で治療しているが、週1回、渋谷・骨董通りのビルでも治療するという。

 その場所を探し当て、そこで「患者・山中貞則」に出会った。彼は、僕より軽い脳卒中。 でも、若干、身体が不自由だった。

 「選挙民のために、身体を治さねば」。それが彼の意気込みだった。

 「多分、君の身体では‥‥新聞社は二年でお払い箱にするな。まあ、精精2年だな。必ず、君は首になる」と 当方を脅し続けた。

 あまり笑わない。一徹ものの感じだった。これは冗談じゃない。早く、全快するぞ、と誓った。

 本当の所は「テイソク」は好感が持てた。彼は相変わらず「税制のドン」だった。

 その後、山中さんなら知っているはずの事件が次々に起こった。だが、山中さんを取材することはなかった。

 ほとんど健常者になった山中さんと比べ、僕の右半身麻痺はどうしても治らない。半身不随で、 どの面下げて、彼のところへ取材に行けるか。いつか見ておれ!俺だって、健常者になる、 と思っていたのだが‥‥山中さんと対等に向かい合い、取材することは出来なくなってしまった。淋しい。とても淋しい。

 20日朝、文化放送から麻原判決に関する取材。オウムに入った若者は「自分探し」をしているうちに、 オウムの呪縛に身動き出来ずになった。オウムで逮捕された者のうち、約120人が教団に戻っている‥‥と いうような話をする。

 と、取材に来たプロデューター氏「僕などは、ここに来て“自分探し”で迷っている」と話す。 彼、昭和23年生まれ。団塊の世代は今、悩んでいる?

 午後、野暮用一件。その後、JRA六本木事務所。今年は初のGT「フェブラリーS」の予想で盛り上がる。 アドマイヤードンがダントツの人気。

 「牛丼が消えた。だからアドマイヤー丼も来ない」なんて冗談を言いながら土曜日は徹底、分析。

 野暮用の隙を見て、日曜日は東京競馬場。2004年初のGTを大穴で当てると誓ったが、一番人気の決着。 ああ、損した。また、損した。競馬・競輪ロマン掲示板で「怒髪天」氏にからかわれるな。

 競馬場では、いろいろな人に会った。かつての名物刑事局長、血統作家ご夫妻、もちろん「イケメン騎手」が 大好きな女弁護士さん‥‥長いこと、官邸の生き字引だった前官房副長官。彼は競馬二回目。 早稲田大学大学院の先生が終わって、当分、暇があるらしい。また、競馬仲間が増える。

 馬場詰めで「馬場打ち」(作業員)が160人が集まった“打ち上げ”に、たまちゃん共に押しかける。

 来週から中山。春はもうすぐ。

<何だか分からない今日の名文句>

嘘が言えない薩摩隼人

2月19日(金) 朗報!重勝は寺銭25%

 朝、正確に言うと午前9時30分ごろ、朝飯を食べようと蔵前の「デニーズ」に向かう途中、 携帯。農水省競馬監督課長から「重勝式は25%にします」という知らせを受けた。朗報である。 取り合えず、バンザイ!万歳!

 昨年10月29日の毎日新聞「記者の目」で「競馬の寺銭を下げろ。儲けはファン還元が筋だ。 あこぎ過ぎる国の商法」と題して「競馬改革」という美名の下で「寺銭30%の新馬券」を 導入しようとする国の策謀に猛反対した。

 年が明け「新馬券」導入を盛り込んだ競馬法の素案が出来た。実は、その時点で、 監督課長から説明を受けた。彼も「30%なんてやりたくない」というのが本音だが、 財務省が「30%」を主張する。辛い様子だった。

 法案は3月9日までに提出される。競馬運営委員会のファン代表委員として「寺銭30%強行」を 放置するわけには行かない、と思った。何とか、ストップを掛けたい。

 競馬サークルのリーダーに「記者の目」のコピーを送ったり、2月11日のスポニチ 「おけら街道トキの声」では「競馬改正案に本末転倒あり」と批判コラムを書いた。

 実は自民党筋も「寺銭30%」には難色を見せる向きが徐々に広がり、我々に同調する層が強くなっていた。 2月6日、競馬仲間が集まった酒盛りで「牧の主張する方向」という見通しも出てきた。  昨日(18日)の日記であえて「寺銭30%は酷税」と書いた。駄目押し日記?

 その日記が更新された前後に「30%断念」の知らせ。まずは朗報。当然ではあるが、うれしい。

 ジャーナリストの醍醐味は「特ダネを書くこと」。主張したことが実現すること。これが醍醐味だ。 ブン屋になって良かった、という実感を味わう瞬間である。

 その昔「××首相のスキャンダル」をスクープした時「世界的なスクープだ」と賞賛されたが、その時は複雑な気持ちだった。

 このスクープがキッカケで内閣はつぶれ、参院選で自民党は敗北した。「首相の首を取った!」 とある週刊誌に書かれたこともあったが、それは成り行き。内閣をつぶすためにスクープしたのではない。 だから、あまりうれしくはなかった。

 しかし、今回は違う。信念を持って、阿漕なギャンブル行政に立ち向かった。小さな世界の出来事だから、 歴史になって残らないが、我ながらよくやった、という実感。良い思い出になるだろう。

 さて、問題は更なる寺銭値下げ。緩々、やるか。

 午後2時、仕事場に「発明家」がやって来た。野球場の硬いフェンスに選手が激突して、 大怪我をする。これを防ぐために柔らかいフェンスを発明した人物である。2年前、この発明を広く活用して貰いたい、 と相談に来た。それ以来の来訪である。

 「やっと××球場にラバーフェンスが取り付けられます」という報告。良かった。実は2月終わりか、3月始めに、 この件は記者発表されるから、ここで詳しく書くのは、差し控える。

 選抜高校野球に間に合わせ、激突しても大丈夫なフェンスに生まれ変わる。

 この発明家、71歳になった。発明で金がかかり、家屋敷もなくした。この後、どうするか、という人生相談。 当方、まったく力がないから、何も名案もないが、1時間半、話し相手になる。

 夕方、新宿で野暮用。靖国通りの地下14番入口の脇で商売をする靴磨きに、磨いてもらった。 何故、磨いてもらおうと思ったのは、彼の靴がピカピカだったからだ。

 彼、昭和33年から靴磨きを始めて、早や40年。「今、新宿に靴磨きは5人だけ」と話す。 午前11時から午後6時半までやって、稼ぎは良くて5000円。普通は3500円前後。 「これでは喰えないから、みんな止めた」。昭和40年代が一番儲かった、と懐かしげに話す。 和田組が勢い良かったころの思い出を暫く話す。靴磨きも70歳。

 大ガードをくぐって「思い出横丁」。このあたり、ビルを立てるかどうかで、揺れている。南口の「栄寿司」へ。 たまちゃんが来ているかと思ったが、彼の木曜日は大忙し。まだ社にいるんだろう。姿が見えなかったのは残念至極。

 報知のTから「3月15,6日、泊まりで伊東競輪に行こう」と誘い。どうするか。 日程が詰まっている。オウム裁判で取材、原稿申し込み2件あった。

<何だか分からない今日の名文句>

大取りより小取り

2月18日(水) 「ちょんまげ」を切られた

 朝、専売病院で定期検診。血圧124−66。「良いですね」と大山ドクターに褒められた。大山ドクターの 娘さん、この春、早稲田の大学院(建築学)を卒業する。3月になったら、お祝いの夕食会をしようとドクター と約束。お嬢は一時期、サンデー毎日でアルバイトをしてくれたこともある。

 昼、JRA六本木事務所。競馬法改正の話。僕は、どうしても「控除率(寺銭)30%の重勝式導入」に 賛成できない。

「デフレの時代にまったく同じサービスを5%も値上げする根性」が理解できない。悪代官だ。サラリーマンは 給料値下げで、可処分所得が大幅ダウン、馬主は本業不振の上に競走事業費の削減で苦しんでいる。JRAの 職員の給料も下がった。関連会社も同じだ。そんな中で、財務省だけが「酷税」を掛ける。冗談じゃない!

 スポーツ新聞の記者さんは、このことに腹を立てていない様子だが、俺は断じて許せない。そんな話をして 約30分。

 競馬不況も長引けば、JRAと有力馬主の間に微妙な亀裂が生まれてもおかしくない。その前兆のようなものを 感じる。

1978年には裁判沙汰もあったが、その時、裁判所は「競走馬は馬主の私的財産であり、競走馬がいなければ JRAの開催が出来ない。馬主とJRAは不回避の協力者」と和解を勧告した。「不可避な協力者」がにらみ 合っては困る。そんなことのないように、関係者が日夜、努力しているのに、お上が、財務省が、平気で「寺銭 30%」を強行するなんて‥‥許せない。

 「サイゾー」が届くと、まず最初に「高橋光弥の<どっこい人生>」を読む。高橋さんは元栃桜。角界一の 個性派だ。

 女と一夜を共にした力士が、朝、目を覚ますと、大切な「ちょんまげ」がない。「帰したくない女」が一番、 大切なものを自分のものにした、という話を書いている。こんなことあったのか。でも、この女こころは理解できる。 恋する女に許される行為ではないか。それにしても、毎号毎号「力士の女遊び」は面白くて面白くて。

 夕方、野暮用を済まし、八重洲中通りの床屋。いつもやってくれる「越後高田の従業員」、大晦日に故郷に帰り、 元旦早々、スノーボードに興じているうち転倒。右手首を骨折した。商売道具の手首を折るなんて、お馬鹿さん。 やっと昨日、職場復帰した。おめでとう。

 でも若いって、うらやましい。23歳の若さが一ヵ月半の完治を可能にした。

 「吹雪の越後で何もしないで寝ていました」。「だから太ったんだ。彼は、越後に見舞いに来たか?」「来ません でした。まだ、会ってません」「そんな奴、止めろ止めろ!」と冗談話で一時間。

 夜、気のあった仲間と3人で、西新橋のすし屋。めちゃくちゃ美味い。話題は「寄る年波」。友人の親友が倒れた話に シンミリする。3人とも昭和19年生まれ。

 午後9時過ぎ帰宅。デスックトップの調子は何故か、治っていた。

<何だか分からない今日の名文句>

親子は一世、夫婦は二世‥‥
間男はよせ!(相撲甚句より)

2月17日(火) 「清貧」にも限度?

 朝、TBSラジオで野暮用。そのまま出社。毎日新聞があるパレスサイドビルの道路一つ挟んだ丸紅。 その一角に河津桜が二本、8分咲きになった。

 日中、15℃。この暑さに早咲き、と言えども、河津桜もびっくりしたのだろう。今年のソメイヨシノも 去年より早く開くのではないか。

 観音裏の「ひまわり」は世間より早く、本物のソメイヨシノを店内に咲かせる。それが女将の最高の道楽で、 福島の業者から大枚はたいて、桜の木を届けてもらう。いつも3月28日ごろに桜が搬入されるが、去年は、 それより先に上野の山の桜が満開になってしまった。

 今年は3月25日に入れるらしいが、それより早く、隅田公園の桜が開いてしまうかもしれない。女将の がっかりした顔が目に浮かぶ。

 社内で人事異動の話。あんまり興味はないが、それなりの相槌で凌ぐ。それより、春闘の方が気になる。

 労働組合の機関紙「われら」を読む。新聞各社の「35歳基準外賃金」(新聞労連調べ)が一覧表になっている。

 朝日は44万1027円、読売は40万7405円。それぞれの給与体系が違うから、一概に比べることは 出来ないが、一番高いのは南日本新聞の47万5630円である。表にある12社では、大部分が40万円を 超えている。

 そこで、我が毎日新聞は? この表では34万2800円である。朝日と比べると10万円、差がある。 いつも「毎日の給料は安い安い」と言われているが、庶民の生活実感が分かる程度の額、新聞を取ってくれる層と 同じ額が相応しい、と思っている。朝日は高すぎると思う。だが、表にしてみると安すぎる。と、言うより、 仲間の話では「清貧も限度」であるらしい。

 記者職では、身銭を切って、小遣いを取材費に回すがら、いつもピーピーしている。

 今の僕が給料並みの仕事をしているか、と言われると、甚だ疑問だが、一時期、三人分それこそ4人分の 仕事をした自負を持っている。寝ないで仕事をした。それが普通だ、と思った。毎日人の大部分が、同じような 気分だろう。

 住宅ローンが重くのしかかっている人々のために、もう少し、給料が上がるべきだ。と言っても、果たして 原資が‥‥やるせない。

 6時頃「梅はどうだろう」と湯島明神へ寄り道。種類によるが、全体をみれば3分咲き。春はそこまで。土曜日から 「湯島・梅まつり」が始まる。

 深夜、デスクトップの調子がおかしい。メールが読めない。困った困った。

<何だか分からない今日の名文句>

金持ちの貧乏人 貧乏人の金持ち

2月16日(月) 「茶色い朝」

 麻原の判決まで10日あまり。各紙が企画ものを書いている。一応、目を通したいと思い、まず 東京新聞の「決別」から読み出す。企画モノは何日間分、あわせて読むようにしている。新聞の個性が 良く分かる。

 同時に、過去の記録を点検する必要もあるので、インターネットの検索で随時、資料を集める。 「麻原裁判第32回 サンデー毎日広岩証言(97・3・28)」を探し当てた。先頭に立って「オウム の狂気」を追っていた広岩記者の証言。あるいは「口が不自由な元編集長の代わり」ということもあった のか、彼、進んで証言台に立ってくれた。その時の証言内容である。

 初めて読んだ。忘れていたことが次々に思い出された。信者の子供がコンテナに監禁され、パトカーが 出動したこと。オウムの騒音で上九一色村の牛の乳が出なくなったごと‥‥。 広岩は麻原の猥褻行為に ついても証言している。

 ある女性は高熱を出して苦しんでいる時「熱が下がる特別なエネルギーを注入してやる」と言って麻原は 猥褻行為を行った。女性が猥褻行為を告発すると、上祐は「あの女はおかしい」と精神異常者に仕立て上げた。 当時、広岩は「とても許せない」と憤慨していた。そんな時、高名な宗教学者は「麻原賛美」を続けてい たのだ。

 それにしても、それにしても、長い長い裁判だった。

 船の科学館で行われていた「北朝鮮工作船」の一般公開が15日で終わった。見学者162万人。工作船に 搭載された武器を日本人はどう思ったのだろう。

 「茶色い朝」というフランスの御伽噺が注目されている。1、2のメディアで紹介されているらしいが、 フランスでは50万部も売れているそうだ。

 フランスでは「茶色」がファシズムの象徴、という感性がある。物語は政府が茶色以外の犬をペットに してはいけない、という法律が作られることから始まる。

 極右勢力をけん制する寓話。日本でも翻訳本が出て(大月書店)話題になっている。ファシズムの足音を 感じる人が日本にも多いのか。

 夜、仕事場に競馬仲間が9人集まって酒盛り。一人が勤め先を変えた。「勤め先が変わっても、いままでと まったく変わらない中年悪童で行こう!」と確認。前途を祝う。

 午後10時、お開き。また、インターネットで検索作業を深夜1時まで。

<何だか分からない今日の名文句>

寓話はブレーキ

2月15日(日) 物書きの「体臭」

 サラリーマン的な関心がないので、社内人事に疎い。廊下で「こんど新聞に戻ります」なんて 挨拶されて、やっと春の人事異動の季節と気づく。

 サンデー毎日の元編集長だった北村肇氏が毎日をやめ「週刊金曜日」の編集長になっていたことを 始めて知った。あまり話したこともないし、仕事ぶりを遠くから見ただけだが「そういう人だったのか」 という印象である。

 かつて、唐突な手紙をもらったこともあったように記憶するが、その後、交流はなかった。

 どちらかと言えば、義理と人情をほどほどに大切にしたい当方。そういうものとは縁遠いのだろう。 クールな人だ。もしかすると、そのあたりが、毎日のカラーにはなじめなかったのかも知れない。

 それにしても後輩記者の船出。久しぶりに500円投じて「週刊金曜日」を買う。今時、500円を 払って66ページの週刊誌を買うなんて、大変な道楽だ、と思いながら読んでみると、なかなかの 出来である。

 「頭でっかち」という印象はある。が、世論のバランスを考えてみても、たまには読んでおいても 良いメディアかも知れない。

 トップの「がんじがらめの“大本営報道” 池田浩之」は読ませる。権力と新聞社のやり取り。知らない ことが多い。

 ただ、雑誌全体として、何故か「体臭」のようなものがない。北村君のクールさが、凶と出るか、 吉とでるか。

 いつものように有田さんのホームページを見る。彼、道を歩いていて変な男にぶつかられ、言い合いに なったらしい。どんな奴だか分からないが、ご用心。概ね想像がつくが、彼を恨んでいる組織があるんだろう。

 彼、この妙な男をあえて呼び止めた。そこで言い合いになった。そんなところに有田さんの体臭を感じる。 先方がぶつかったことを確認して、白黒をハッキリしたい。「君子、危うきに近づく意思」を感じる。 言論を仕事にする者の姿勢を感じる。

 柔らかい面相だから、有田さんは優男に思われるが、とんでもない。有田さんには男の体臭がある。

 書かれたものに筆者の「体臭」が滲み出なければ一流ではないような気がする。喧嘩になると、すぐ餓鬼 大将の後ろに隠れて、ただヤジを飛ばすだけ、なんて男じゃない。物書きではない。

 「週刊金曜日」には、その「男の体臭」がないような気がするのだ。安全地帯でものを言っているような 気がする。

 体臭って何だ?と聞かれると上手に説明できないが、それは「男」に生まれた「お礼」のようなもので、 神に対し「男で生まれて良かった。ありがとう。今も男です。明日も男です」と言えるもの。それは頭脳とは まったく違うものだ。

 珍しく週末は原稿漬け。13日未明までサンデーの注文原稿。14日未明まで世界週報、15日は「ここだけの話」 とスポニチの「おけら街道」。この二つはもっと後でよいのだが、月曜日から野暮用が詰まっているので、 早めに書いた。

 15日深夜、強風。怖いぐらいだ。

<何だか分からない今日の名文句>

君子は和して同せず、小人は同じて和せず

2月12日(木) 精神鑑定?が必要

 女性として初めて、JRAの調教師試験に挑戦した宇野千里さん。

6回目のチャレンジだったが、午前10時の発表で不合格。調教師試験は難しい。 せっかく美浦まで出張してインタビューしたのだが‥‥。来年、頑張れ!

 2月27日にオウム真理教の麻原に判決が下る。多分、死刑だろう。

 それにしても長い長い裁判だった。サンデー毎日の編集部から「判決に臨んで」 というようなものを書け!と注文が来た。何時までたっても「マスコミで一番先にオウムと闘った男」 というイメージがついて回る。複雑。

 さて、何を書けば良いのか。午後、担当の石丸記者から「中刷りに見出しを載せたいので、 夜までに見出しを作ってくれ」と言われる。

 週刊誌が新聞と決定的に違うのは「見出し先にありき」である。木曜日に見出しを作る。 中刷りがゲラが刷り上った金曜日に原稿が出来上がる。そんな段取りになる。

 約十三年も前に、サンデーから離れたので、すっかりこのことを忘れていた。

 見出しを付けるのは、多分、歴代編集長の中でも、上手な方だと自負している。 本当のことを言えば「文春の花田」よりも上手いと思っている。でも、自分の原稿に見出しを付けるのは、 何か、気恥ずかしい。

 ちょっと時間を掛けて「『麻原』にちょっと似ている小泉さん」という見出しを付けてみた。

 小心の詐欺師・麻原、間抜けなその弟子、そして、もっと間抜けな日本国が「信教の自由」という お題目に翻弄され、大きな犠牲を出したオウム事件。今、この間抜けな大事件とよく似た「正義の参戦劇」が繰り広げられている。

 何か「麻原」に似ているものを日本の指導部に感じてならならないのだ。

 友人の官僚が小さな小さな声で「小泉の精神鑑定をすべきだよな」と呟いたのが、ちょっと前。耳に残っている。  坂本弁護士一家の拉致事件を徹底的に捜査すれば松本サリンも地下鉄サリンも起こらなかった。

 今「小泉さんの暴走」を止めなければ、オウムの地獄のような泥沼に日本は転がり落ちてしまう。 そんな思いで「『麻原』とちょっと似ている小泉さん」を書いてみたい。

 午後3時、JRA六本木事務所で競馬運営委員会の事前説明。短期間に決算書類を頭に入れるのは、至難。疲れる。

 5時半、仕事場の近くで野暮用一軒。悩んでいたことが、知人のアドバイスで整理できた。

 6時半、例の福ちゃんのご贔屓「浅草・もと木」の開店8周年。

 ことしは「『輝和』の浅草粋人夢舞台」と題した邦楽を楽しむ会になった。 「輝和」は女将のお座敷名。彼女、現役の浅草芸者だ。

 で、出し物は「世界でただ一人の女幇間・幽玄亭玉」のお座敷芸。(玉さんは、去年、ニューヨーク公演を実現した)

 「浅草ゆめ子のマジック」(ゆめ子さんはお座敷の手品師と言われる芸者さん)

 「美人ニューハーフのセクシーダンス」(オッパイがふくれたクラブ「ラ・リージュ」のダンサー。 そばに来たが、香水の匂いが強くて閉口)

 「天宝福丸さんのカラオケ・ワンポイントレッス」(同行の福ちゃんは「銭形平次」を歌った)

 最後は「まい子さん(花柳流)と聖子さん(藤間流)の踊り」(日本髪、黒の引き着の正装で踊った) 面白かった。

 女将から「この本を読んで」と一冊もらった。浅原須美著「お座敷遊び 浅草花街 芸者の粋をどう楽しむか」(光文社文庫)。

 「アサハラさん? サライで書いてるアサハラさん?」と聞くうちに「アサハラ→麻原」の連想で 原稿のことを思い出し、急いで仕事場へ。深夜、執筆。

<何だか分からない今日の名文句>

自分を騙せるから詐欺師なんだ

2月11日(水) JRA初の女性調教師は? 

 小雪舞う茨城県・美浦の競馬会館で起床。冬は7時から調教が始まるそうだが、ひょっとすると−1° ぐらいか。寒い。

 前夜、競馬関係者とステーキを食べていたので、食が進まないと思ったが、この地の白米は絶品で ペロリと平らげる。北馬場で奥平調教師と雑談。  今週は自信のある馬がいるらしい。「メジロ‥‥?」と聞いたが、すぐ名前を忘れた。三沢の中心街の 某地主の話、その昔、地方に出した馬が足を引きずっていたので、出走しようと思ったが「まあ、良いや」 で走らせたら、ぶっちぎりだった話。今、鉄屋が苦労している話‥‥とたわいないことばかり。

 でも、奥平厩舎の交流レースは注目。「メジロ‥‥」は東京で走るらしいが。

 藤沢厩舎には、例によって調教後、取材陣が大挙して集まる。厩舎の周りに若いトラックマンが立ちんぼ。 某社の「学クン」が「牧さんの本からパクリました」と声を掛けてくれた。彼「新聞記者で死にたい」と言う 僕の闘病記のタイトルをぱくって「競馬記者で死にたい」というコラムを始めたそうだ。読んでみよう。

 午前11時ごろになって、厩舎に戻って来た藤沢さん、当方を見つけて「久しぶり」と握手してくれた。 「記者さんがまっているから‥‥」を遠慮すると「俺の予想を聞きに来ているんだから、待たせばいい」と 言って話し出した。

 「メリット制が敷かれてから、確かに俺の収入は確実に増えるが、従業員の収入格差は増え、ひずみが 生まれている」と話す。「運営委員会では、この新しい厩舎問題をテーマにすべきだ」と言うのが、藤沢さんの 意見だった。

 今月末、競馬運営委員会が開かれる。毎度のことだが、JRAの言い分だけに耳を貸し、あるいは、独断と 偏見ばかりでものを言ってはいけない、と肝に銘じている。特別の報酬がでるという訳でもない名誉職だが、 勉強して、謙虚に望みたい。結構、今回は大事な委員会になるような気もする。

 午後、調教師試験に挑戦している宇野千里さんをインタビュー。これが、今回の美浦出張の主目的。たまちゃんが 写真を撮ってくれた。時間がないので夕刊フジ、スポーツ報知の記者を一緒に聞く。

 いや、面白い。すばらしい女性だ。果たした、JRA初の女性調教師が誕生するかどうか。もし、生まれたら 「人」欄で書きたい。発表は12日朝。中々の難関で、彼女、6回目の挑戦だが、落ちたら、また、来年も挑戦 すればいい。

 イラクでまた自爆テロ。50人死んだらしい。これでイラク人警察官は約300人が武装攻撃で死んだ。ドロ沼。

 東京に帰って「ひまわり」へ。約束のメンバーが集まって歌いまくる。例の芸達者はプより上手い。プロの2人も、 遊びだから、好き勝手な歌を歌いまくる。プロは仕事では「100%の出来」で歌わなければならない。ストレスが 溜まる。その点、遊びの時はストレスが溜まらない。僕も無理やり歌わされ2曲。最近はアマが上手すぎて、 プロが「遊び」でストレスを感じるという節もあるのだが、当方、例の大音痴。プロの精神安定剤になった。

 11時まで大音響。楽しかった。

<何だか分からない今日の名文句>

夜長ければ夢多し

2月10日(火) 朗報!横浜新税断念

 午前中、たいとう診療所。今井君の問診を受ける。最近、脳卒中仲間が再発するケースが多いので、 気になって「再発」について質問する。

 彼の説明では発病後5年以内にまた倒れる確率は20%。次第にその率は下がる。5年以上は「再発」 とは言わない。

 「それより、相川さん、歩きました」。これには驚き、万歳を叫んだ。診療所に復帰して、1ヵ月後に 杖歩行するなんて、素晴らしい。「いつも笑っているんですよ。勉強になります」

 生き返ることがまず無理と言われた「再発男」が見せる奇跡。気力がすべてを解決する。涙が出るほ どうれしい。

 赤ひげの今井ドクターは「地域在宅ケア講座」を開くことになった。一回目は理学療法士・吉良健司 さんの「在宅におけるリハビリテーションとは?」。

 2月18日午後6時半から一時間。場所は台東区元浅草1−6−17の在宅総合ケアセンター元浅草 5階デイルーム。 多くの人に来てもらいたい。

 横浜市がゴリ押した「勝馬投票発売税」を断念する旨、市議会に提出する、と発表した。税の公正を 蔑ろにする、と新聞、雑誌で主張していた僕としては非常にうれしい。

 悪代官に勝った気分。前市長に比べ、今の市長は柔軟だった。

 夕方、茨城県の美浦へ、取材。ちょっと忙しくて、日記はこれまで。美浦に一泊する。

<何だか分からない今日の名文句>

悪代官に気力勝ち

2月9日(月) 猫をどうする

 隅田川沿いの猫の額ほどの小庭。梅満開。連翹のつぼみらしきものが見えてきた。

 ところが‥‥問題は猫である。隣の元松の湯(伊藤博文が愛用した銭湯。六角風呂が有名だった。 おばちゃんと懇意で、家族付き合いをしている。毎日新聞の入社試験に合格したとき、わが社の 人事部員が身元調査に現れたが、おばあちゃんは、というより、当時、松の湯の美人女将だった 彼女は「太郎ちゃん?いい人ですよ。時々、風呂場を覗いていたけど」と証言した。そんな仲である)、 その松の湯に飼われている牝猫に、近くのドラ猫が秋波を送りにやって来る。何匹も何匹も‥‥ 凄い美女なんだ。

 美女は、はしたないことをしない。が男どもが、行き帰りに糞をする。ビルの管理人さんが、水を入れた ボトルを庭に置いて、猫の侵入を食い止めていたのだが、猫もこれに慣れて、最近は平気で糞をする。 見つけた僕を前に平然と立ち去る。その面構え、憎らしい。どうしたものか。

 野暮用に現れたビル管理会社の知り合いが「竹の炭が良い」と言う。風呂に入れても、炊飯器に入れても、 冷蔵庫に入れても、効果があるという万能炭である。猫は竹の炭が嫌いらしい。それは知ってはいたが、 雨が降ると元の木阿弥。どうしたらいいか。

 誰か、「猫の糞撃退法」を教えてくれ!

 朝「ここだけの話」を書き上げる。国会で「学歴あばき現象」が起こっていると聞き、馬鹿なことは止めろ! といったコラムに仕立てる。題して「お笑いマニュアル」。読んでくれ。

 「東京カレンダー3月号」を見ていたら「普段着でいく、お手軽価格の上質の店」を特集していた。 題して「日常の店・極上の味」。浅草にもある、というので、昼間、2キロ半歩いていく。

 この店、菊水通りにあった。お好み焼き「染太郎」近くの洒落た造りだが、一番安いAコースが1500円。 僕には高い。出てきた鴨のステーキ。胃に重たい。野菜が少ない。僕には「お手軽価格の上質の店」とは思えない。

 12時に入って1時40分に店を出るまで、僕を含め、お客は2組3人。従業員は5人。地域の支持を得られてる とも思えない。ちょっとがっかりした。まともな取材をしているのかしら。

 夜、後輩がやって来た。新しい雑誌の編集長になって張り切っている。スタッフが良いらしい。自慢と若干の 愚痴で夜が更ける。

<何だか分からない今日の名文句>

猫の(政治家の)面の皮千枚張り

2月8日(日) マイネルドレスデン

 6日金曜日午後、丸の内で歯の治療。日本歯科医師連盟が政治資金規正法違反で東京地検の 強制捜査を受けたことが話題になる。

 「研究部門では意義のある組織だが、特定の政党を支持するのはおかしい」という、この医師 の意見は当然。天下党に金を出さねば、業界が沈没するのは、断じておかしい。

 青木幹雄参院幹事長はしきりに「参院選で負ければ、橋本さんが責任を取ったように、小泉さん は辞めるべきだ」と話し、遠まわしに「自民党支援組織の違反摘発」沈静化を狙っている。

 いづれにしても、地検の捜査はこのところ、政治的過ぎる。宗男事件の某外務官僚、加藤紘一さん、 田中真紀子さんと“政治的ご赦免”が多すぎる。果たして、日歯連事件、どこまで行くのか。 早くも、個人的犯罪として片付けられる、との見方もある。

 その後、野暮用2件。某省人事に福田官房長官の横槍と言った話も出たり、結構、面白い野暮用。 夜、東麻布で、例の元祖カリスマ美容師らとスパゲティ。美味い。業界のことを友人らと聞く。

 午後10時すぎ、たまちゃんから「時事通信が競馬法改定の話を書いている」という知らせ。 農水省で発表があったらしく、わが社の農水省担当が書くらしい。急いで社に顔を出し、若干のアドバイス。 改正案は熟知しているが、気になることが2点ある。行く行く独自原稿にしなければ、とは思う。

 日付けが変わり、刷り上った紙面を見る。モスクワのテロ事件がもちろんトップ記事だが「鳥インフル エンザ『豚に感染』確認」も大きなニュースだ。豚は鳥インフルエンザにも人インフルエンザにも感染する。 豚の体内で2つのウイルスの組み換えがおこると、大流行の可能性も出てくる。ちょっと気になる。

 金曜日が大忙しで、土日は勤めて休養に当てる。8日京都9R「梅花賞」にマイネルドレスデンが出走した。 実は、社台の会員である八戸の友人が、かつてダイナルーブルという馬の会員だった。その愛馬が引退後の 消息が分からなかった。調べて調べて、探し当てた彼女の居場所、なんと隣村だった。

 そこで彼と坂本牧場の付き合いが始まった。ルーブルは牡馬(父・ダッツシアト)を産んだ。とても良い馬 だった。この地では破格の値段、たぶん僕の記憶では800万円で買われた。買ったのはライフィアンの 岡田さんだ。この馬がマイネルドレスデン。やっと前走で未勝利を脱出して500万下。格上げ初戦。 とても勝負にならないと思ったが、何と圧勝である。バンザイ!

 友人と坂本親娘にお祝いの電話をする。生産牧場は大騒ぎだ。坂本嬢は時々、掲示板に登場する「二代目魁」 の読者でもある。「東京で走る時には応援に来いよ」と話す。

 「いつも、しゅんちゃん(僕の友人)と、そんな話しているんです」とお嬢。若い二人は仲が良い。 この馬が府中で重賞を取り、3人で乾杯、なんて夢を見るかな。ああ競馬ってロマンだ。

<何だか分からない今日の名文句>

合縁奇縁

2月5日(木) 国を売る

 イラク派遣(本当は派兵)のことばかりに気を取られているが、戦後最悪の経済状況は変わっていない。

 経済の「回復」と盛んに喧伝するが、月刊誌「現代」で植草一秀・早稲田大学教授が言うように、 一部に明るい兆しが見えるのは「悪魔に魂を売り渡した代償として得たおぼろげな快楽」に過ぎない。

 小泉政権は国を売っている。米国の言いなりで、日本の企業、不動産を外資系ファンドが 買い漁ることを助長する政策ばかり。以前も書いたが、新生銀行がその典型。

 国民の税金を8兆円も注ぎ込んだ旧長銀をリップルウッドは10億円で買収した。 その後、リップルウッドは1200億円の追加出費をして、再スタートして、 いまや新生株上場寸前。時価総額は6000億円。リップルウッドは投資金額の5倍を手に入れる。

 これが「国を売っていない」といえるのか。多分、東京の土地の10分の1は外資のものになっているだろう。

 何故、マスコミはそれを言わないのか。分からない。

 府中の東京競馬場は吉野家の出店の際「牛丼以外販売しない」という契約をしているので、 店を閉じない限り、牛丼を売る」という怪説。その裏を取る。全国10箇所のJRA競馬場。 その内、中山、札幌、函館を除く7競馬場の場内に吉野家がある。他店との競合を避けるため、 発売するのは「大盛440円」。吉野家は築地の第1号店とこの「競馬場店で牛丼を発売続ける」 と考えられる。何しろ、牛丼の明かりを消してはいけないのだ。

 国内牛を使うので、若干、価格があがるかもしらないが(予想価格500円) ともかく競馬場に行けば牛丼が食べられる。入場券を買っても「競馬場で牛丼」。社会面のニュースになる、 と思ったので、社会部サブデスクに連絡。

 TBSラジオで野暮用。JRA六本木事務所で若干の取材。午後6時、新橋・第一ホテルでNRA (地方競馬全国協会)グランプリ表彰式。ことしはことのほか、質素。

 仕事場に戻ると、日経PRの清水春代さんから手紙。バブルガムフェローの馬主仲間。 「昨夜のことです。探し物をしていて、アルバムが10冊ぐらい出てきました。 ほとんどが馬に関する写真なんですが‥‥」ではじまる手紙。彼女、1999年5月に牧場めぐりをして、 バブルの子供たちを写してきたのだそうだ。その写真の山が出てきた。その中に「レースの99」がいた。 可愛い。愛らしい。その馬が我が愛馬「レースウイング」。6戦3勝の愛馬である。 「古い写真を勝手にお送りしました失礼をお許しください」。

 いやいや、ありがとう。ありがとう。生まれたばかりの可愛い子馬の写真。宝にします。

 新潟時代お世話になった大先輩・池田友好さんからメール。何年、いや、20数年、 没交渉だった先輩だ。最近、パソコンを覚え「二代目魁」に出会ったらしい。

 視界数メートルの猛吹雪の新潟からやって来たメール。近況が詳しく書かれている。倅さんが、 何とスポニチのJRA担当だという。奇遇。是非とも、倅さんに会いたいな。

 それにしても、最近、シニアのパソコンは普通になった。

<何だか分からない今日の名文句>

同盟国は「濡れ手で粟」

2月4日(水) 府中で牛丼が食える?

 珍しく、取材の前に社に直行。幾つか野暮用を片付ける。(新しい日記の読者に改めて「野暮用」 の意味をお知らせすれば「野暮用」=@日記に書き溜めるほどの話ではないことA書き留めて置き たいが、事情があって書けないこと、である)

 日曜日、たまちゃんに頼んだメインレースの馬券が3連複的中。ウン万円の配当を受ける。珍しいこと。 たまちゃんから、取って置きの情報。

 府中の東京競馬場は吉野家の出店の際「牛丼以外販売しない」という契約をした。 多分、他のテナントと競合を避けたのだろう。吉野家各店の牛丼は例の騒ぎで、販売中止になるが、 ここだけは「他のメニューが出せないので、牛丼を発売しなければならない。 従って、当分、牛丼が食える」と言うのだ。府中へ行けば牛丼がある? そんなことあるのか。

 早速、JRAに問い合わせると、吉野家と折衝中らしいが「ここだけと言う訳にも‥‥」。

 ここだけ牛丼が食べられる、と言うことになると、これは大ニュースだが‥‥そうは簡単にスクープは 転がっていないよナ。

 午後、取材中の日本橋さくら通りで早稲田の同級生とばったり。何年ぶりだろう。新聞学科を卒業した彼、 新聞社の入社試験に落ちて信託銀行に勤めた。一時は新聞社浪人して再度挑戦すれば、と思ったようだが、 銀行マンの仕事も肌に合い、50歳を迎える前に「理事職」についた。我らの仲間では出世頭だった。

 「どうしてる?」と聞かれたので「相変わらず」と答えると「俺の方は3年前から遊んでいる」。 55歳で銀行から関連会社に移り、そこを2年足らずで辞めたらしい。

 「銀行ってところは‥‥」と若干の愚痴。ちょっと元気ない。新聞学科の仲間は何人か新聞社浪人して、 目的を果たした。彼と仲の良いMなどは、翌年、毎日に入って、活躍した。「俺もMのようにもう一度、 新聞社に挑戦するばよかった」と言う。そのMは福祉・年金問題の専門家になって大学教授になっている。 「あいつ、講演で飛び回っている」という。でも、何が幸いするか、分からない。充電時間をたっぷり取れば、 今以上に充実した毎日が遅れるかも知れない。休むのも人生。

 途中で大病を患った僕は、同級生に会うたびに、同情ばかりされているが、考えてみれば、まあまあ 納得の毎日。確かに、世の中を動かしている実感はなくなったし、平凡な毎日だが‥‥友達は病気をしたので、 逆に増えた。友達がいれば幸せじゃないか。

 人生いろいろ。「ああ、面白かった、で死のうじゃないか」と変な激励をする。

 夜、知り合いと深川のドジョウ屋→観音裏「ひまわり」。昭和11年生まれの人生の大先輩とは初めて 飲んだが、大変な芸達者。次から次へと歌いまくる。歌は上手いし、誰彼となく話しかけ、座を盛り上げる。 彼は大スターだ。これには脱帽。

 仕事場に戻ると「ヘラルト朝日」からゲラがFAXされていた。朝日新聞に載った「オウム真理教・三人三論」 を英訳して載せるらしい。

 経歴に「a senior editor at Mainiche Newspapers」とあるのが気になった。「専門編集委員」を直訳 したのだろうが「ライター」とするのが本当ではないか。注文をつけるつもり。

 暖かい立春。

<何だか分からない今日の名文句>

平凡は非凡

2月3日(月) 不喰芋

 小さな庭の小さな梅が満開になった。7年前だろうか、高さ30センチの梅を買って、 植えておいたら高さが1メートルになった。

 「おけら街道」を書き上げてから市川に。銀行に野暮用がある。真間のマンションの裏山にある 弘法寺に向かう人が目立つ。今日は節分豆まき。市川というところは四季がある。

 マンションで野暮用を済まし「シャポー市川」の180円コーヒーを飲む。ちょうど、 窓の向こうが花屋。大きな葉が気になった。聞くと「くわずいも」。不喰芋?

 変な名前だ。何か、存在感がある。つやつやした葉が気になる。買い求め、柳橋の仕事場に 送ってもらうことにする。

 帰ってから、妙な名前が気になってパソコンで検索する。東南アジアの一部、オセアニアに 生息する学名アロカシア。さといもの一種らしい。

 でも何故、不喰芋なのか。書いていない。いろいろと検索を繰り返して、それらしい説に ぶつかった。

 屋久島には道端に群生しており、当地には「その葉っぱをお皿代わりにすると口が腫れる」 という説が残っている。なるほど、なるほど。長老の言い伝え。不喰芋。

 そう言えば、世の中、喰えないものは数々ござる。自衛隊派遣なってとても喰えない代物だが、 戦争を知らない我々は平気で小泉皿で喰っている。

 何故、そうなるのか、言えば、長老の「一国平和主義が掟だ」という主張をないがしろにしている からだ。一国平和主義を「平和ぼけ」なんて言う人間ほど歴史をないがしろにする「戦争ぼけ」。

 今日(3日)陸上自衛隊本隊出発。「ここだけの話」で「派兵を派遣という詐称」と書いたので、 若干の反応があるらしい。平気平気。

 スポニチサービスに注文していた有馬記念の写真がやっと届いた。なんというスローモー。 これでは武家商法だ。遅れたが、秋の単勝十番勝負の優勝者「ヒロシ」君に明日(4日)送るつもり。

 夜、本業。「競馬はロマン(名馬と時代編)」を書く。まだ、メール送稿が頼りなく、ビクビク。

<何だか分からない今日の名文句>

小泉さんは「仲人七嘘」

2月2日(日) インフレが来る?

 慣れない「ノート型」で悪戦苦闘。特に通信がままならない。「ここだけの話」は政府が 「派兵を派遣と詐称している」といったことを書いたが、書いたあと、通信できるか不安で不安で。

 結局、3度も同じ原稿を通信してしまった。パソコンがなければ、得意の勧進帳で送れたのに。 便利は不便。

 忙しくて締め切りが大幅に遅れたJR EASTの原稿。8時間かけて一気に書き上げる。 「未婚女性・負け犬論」に引っ掛けたテーマ。時間がかかったわりに出来はイマイチ。自信喪失。 キーボードが変わったのがいけない。

 東京は雨。夕方、雨の中を散歩。実は完全防水のジャケットを買ってあったので、激しい雨の中、 突撃する気持ちになった。しかし、ズボンは弾水。でも、染みる事はなかった。

 魚屋のカッチャンで、大振りのカキを買って鍋にする。

 深夜、エコノミストの「インフレが来る」を熟読。そろそろ、こんな視点の特集が出ると思ったが 「マネーがモノに動き出した」ことは事実だ。東京駅周辺の地価はすでに上昇している。

 金融緩和が続けばモノに動き出してもおかしくない。特集の中で、面白いのは堺屋太一の 「米国の国際収支赤字はインフレによって調整される」。今、世界は13世紀の後半に似ている。 モンゴル帝国とアメリカ帝国はよく似ている、と解説している。必読。

 いつものように掲示板を点検した熟睡に向かう。

<何だか分からない今日の名文句>

インフレ、デフレ、循環の法則

2月1日(日) モバイルからノート型へ

 30日、毎日新聞の原稿送稿のシステムが変わるいうので、モバイルの通信設定をして 貰うと編集製作総センターにお願いに行く。昔の「連絡部」である。

 モバイルを使っているのは小数派らしく、通信設定は面倒である。二人がかりで設定作業 をやってくれた。助かる。が、その最中、電源の接触が“お釈迦”になって、さあ大変。 このままデータが消えてしまう。

 参った。決断しなければならない。以前から考えていた「ノート型」に変えようと決断する。

 副編に電話で相談。「トモちゃん」に秋葉原に同行してもらって、PANASONIC Let’s noteを 買い求めた。買っても持ってこれないので、サンデー毎日のアルバイト「トモちゃん」の力を 借りた。

 彼女、僕が編集長の頃からのベテラン。「4月に三人目の子供が小学校に入学」と聞き、 月日の経つのは早いものだ、と痛感する。

 初期設定から、総センターがすべてやってくれるというのいで甘える。ありがとう。

 土曜日朝には設定完了。それから操作を勉強する。ソフト「秀丸」は優れもので、むしろ通信 が楽になりそうだが、キーボードが幾分、小さいこともあって、練習は遅々として進まない。

 月が替わった2月1日朝、初めて、新しい原稿を送信した。万歳。日曜日も1日中、「ノート型」 と奮闘する。

 それにしても、毎日新聞という巨大組織にいるから、綱渡り的な機種変更が可能なのだろう。 ありがとう。

 慣れない「ノート型」なので暫く、日記は短くなりそうだ。

<何だか分からない今日の名文句>

日記短縮、愚痴短縮